先月末、新聞の片隅に作家・栗本薫の死が伝えられていた。
まだ50台後半であり、ガンによる死であった。未完の「グイン・サーガ」シリーズをはじめ、いくつもの未完の作品を残しての死でもあり、ファンの方々にとっては、さぞかし無念であったと思う。
もっとも、私にとっては評論家・中島梓の死といったほうが分りやすい。このSFファン上がりの評論家の文が巷に出回るようになったのは、私が中学生ぐらいだったと思う。
記憶間違いでなければ、雑誌「幻影城」であったと思う。あの時代、SF小説は不遇であった。小松、星、筒井の御三家を別にすれば、SFなんて子供の読み物と蔑視されていた。
だから、まともなSF評論でさえ、滅多にお目にかかれなかった。そんな時代だからこそ、中島梓の存在は目立った。私が高校生の頃には、SF評論の第一人者的ポジションにまでのし上がっていた。
ただ、この人なにかと舌禍が多かった。評論家の常と言われればそうなのだが、それにしたって思い込みの激しさと、共感のない独断に辟易した人は少なくなかったはずだ。かくいう私もその一人だった。
だから栗本薫の名義で作家をはじめたことを知っても、なんとなく読む気になれなかった。多分、短編を何本か読んだ程度だと思う。ただ、途中で放り出すことがよくあるらしく、そのせいで長編には手を出していない。
ところが、私の懸念とは裏腹に「グイン・サーガ」シリーズは一人の作家の作品としては世界最長を謳われるようになっていた。どうやら、私の見込み違いなのかと思っていた矢先の訃報であった。
ほとんど読んでいない私には、作家・栗本薫を評する文は書けない。
ただ、栗本の死により、大長編小説「グイン・サーガ」が未完に終わったことは確かだ。これは小説に限らず漫画にもみられるが、近年やたらと長編が目立つ。大風呂敷を広げるのはいいが、拡げた以上はしっかりと畳んで欲しい。それは作家の義務だと思う。
何度か書いているが、未完のままですませている作品が多い田中芳樹は、栗本の死を教訓として欲しい。年一回だけ集中的に「HUNTER×HUNTER」を連載する冨樫義博や、ほとんど単発でしか連載(?)が描けない萩原一至「バスタード」も同じだ。プロの作家としての自覚をもって欲しい。
寡作ではあるが、トマス・ハリスはしっかり完成させてから本を刊行する。途中まで書いておいて放り出すのは、作家としては恥ずべき行為だと私は弾劾したい。それでも待っているファンの気持ちを大事にして欲しいものです。
まだ50台後半であり、ガンによる死であった。未完の「グイン・サーガ」シリーズをはじめ、いくつもの未完の作品を残しての死でもあり、ファンの方々にとっては、さぞかし無念であったと思う。
もっとも、私にとっては評論家・中島梓の死といったほうが分りやすい。このSFファン上がりの評論家の文が巷に出回るようになったのは、私が中学生ぐらいだったと思う。
記憶間違いでなければ、雑誌「幻影城」であったと思う。あの時代、SF小説は不遇であった。小松、星、筒井の御三家を別にすれば、SFなんて子供の読み物と蔑視されていた。
だから、まともなSF評論でさえ、滅多にお目にかかれなかった。そんな時代だからこそ、中島梓の存在は目立った。私が高校生の頃には、SF評論の第一人者的ポジションにまでのし上がっていた。
ただ、この人なにかと舌禍が多かった。評論家の常と言われればそうなのだが、それにしたって思い込みの激しさと、共感のない独断に辟易した人は少なくなかったはずだ。かくいう私もその一人だった。
だから栗本薫の名義で作家をはじめたことを知っても、なんとなく読む気になれなかった。多分、短編を何本か読んだ程度だと思う。ただ、途中で放り出すことがよくあるらしく、そのせいで長編には手を出していない。
ところが、私の懸念とは裏腹に「グイン・サーガ」シリーズは一人の作家の作品としては世界最長を謳われるようになっていた。どうやら、私の見込み違いなのかと思っていた矢先の訃報であった。
ほとんど読んでいない私には、作家・栗本薫を評する文は書けない。
ただ、栗本の死により、大長編小説「グイン・サーガ」が未完に終わったことは確かだ。これは小説に限らず漫画にもみられるが、近年やたらと長編が目立つ。大風呂敷を広げるのはいいが、拡げた以上はしっかりと畳んで欲しい。それは作家の義務だと思う。
何度か書いているが、未完のままですませている作品が多い田中芳樹は、栗本の死を教訓として欲しい。年一回だけ集中的に「HUNTER×HUNTER」を連載する冨樫義博や、ほとんど単発でしか連載(?)が描けない萩原一至「バスタード」も同じだ。プロの作家としての自覚をもって欲しい。
寡作ではあるが、トマス・ハリスはしっかり完成させてから本を刊行する。途中まで書いておいて放り出すのは、作家としては恥ずべき行為だと私は弾劾したい。それでも待っているファンの気持ちを大事にして欲しいものです。