固く握り締めた拳で殴られると痛い。
子供の頃のクラスメイトの一人にAがいた。彼は幼少時に小児麻痺を経験していたせいで、動きが少しぎこちなかった。スムーズに身体を動かすことが苦手で、関節ごとにカクッ、カクッと身体を動かす。そのせいで不器用に見えてしまう。
しかし、実際には運動神経は良く、大概のスポーツ、遊びを達者にこなした。つまり日常生活にはまったく支障がない程度なのだが、それでも見た目には、その動きがヘンに見えてしまう。子供って奴は、けっこう残酷なもので、このような子供は苛めの対象にされることが少なくない。
しかし、Aが苛められることはなく、むしろその逆だったかもしれない。友達が沢山いたせいもあるが、なによりもAのパンチは痛かった。転校して間もない頃だが、秋祭りの神輿担ぎの最中に子供同士で揉めたことがある。
私とAは同じ側だったのだが、乱戦の最中たまたまAのパンチを受けてしまった。そのあまりの痛さに思わず座り込んでしまった。Aは邪気なく「悪い、間違えた」と言うので、その場は我慢した。でも、ちょっぴり頭きた。
頭にきたのは確かだが、あのパンチの痛さは並ではなかった。正直少し怯えたくらいの痛さであった。転校したてで良くみんなのことが分っていなかったので、いろいろ聞いてみると、Aのパンチの秘訣は拳の堅さだと言う。
小児麻痺から回復する過程で、Aは相当に苦労したらしい。その際に握力が異常に鍛えられ、拳を握り締めることで、パンチ力が高まったらしい。
この時初めて、パンチの痛さは拳を握りこむ強さに由来すると知った。
プロレスの世界で、握力の強さといったら「鉄の爪」フリッツ・フォン・エリックが有名だが、もう一人隠れた強豪がいる。それが「人間ジューサー」ダニー・ホッジだった。
ちなみに人間ジューサーのあだ名は、彼が握力だけでリンゴを潰してジュースを作るパフォーマンスに由来する。ちょっと間抜けなあだ名に思えるが、実際に見ると驚きますぜ。ほんの一瞬でリンゴを握りつぶし、たちまちのうちに十数個のリンゴを潰してしまう。
わずか数分のパフォーマンスだったが、あれは容易には真似できない。あの握力で拳を握り込み、殴られたら凄まじく痛いと思う。しかもホッジはアマチュア・ボクシングの全米チャンピオンの経歴を持つ。
プロレスのリングでは、一応パンチは禁止技なのだが、追い詰められた時に見せるホッジのパンチは凄まじい威力をもっていた。あっという間に試合を逆転させてしまう。
実はホッジはプロレスラーとしては小柄な部類に入る。身長は1メートル70台半ばだと思う。体重だって90キロ台のジュニア・ヘビー級なのだ。しかし、強さはヘビー級であった。
当時、無敵のチャンピオンとして名高かったルー・テーズが「ホッジがあと10キロ重かったら、彼がチャンピオンだと」断言するほどであった。アマレスの強豪でもあり、怪我さえなければオリンピックでメダル間違いなしと謳われたホッジは、私の知る限りで最強のジュニア・ヘビー級プロレスラーであった。
日本では国際プロレスのリングに上がっていたので、あまりメジャーな存在ではないのが残念だ。私がプロレスに夢中な頃は、既に全盛期を過ぎていた。しかし、小柄な身体を俊敏に活かしたレスリングの技術の高さと、時折みせるボクサーばりの鋭いジャブは、十二分にその強さを感じさせた。
ただ、私が記憶するホッジは、いつも仏頂面だった。笑顔を一度もみたことがない。ちょっとハリソン・フォードに似ているハンサムな顔つきなのだが、クソ真面目を絵に描いたようなオジサンだった。性格も同様であったらしく、そのせいでプロレス界を引退するのも早かったと聞いた。
妙なパフォーマンスばかりが目立つ昨今のプロレスからは程遠い、硬骨でクソ真面目なプロレスラー。それがダニー・ホッジであった。インタビューで、「レスリングの素晴らしさを知って欲しくて、プロレスをやっています」と背筋を伸ばして真面目に答えていた姿が懐かしい。こんな普通に常識人のレスラーはその後出ていないことを思うと、少し寂しい気がします。
子供の頃のクラスメイトの一人にAがいた。彼は幼少時に小児麻痺を経験していたせいで、動きが少しぎこちなかった。スムーズに身体を動かすことが苦手で、関節ごとにカクッ、カクッと身体を動かす。そのせいで不器用に見えてしまう。
しかし、実際には運動神経は良く、大概のスポーツ、遊びを達者にこなした。つまり日常生活にはまったく支障がない程度なのだが、それでも見た目には、その動きがヘンに見えてしまう。子供って奴は、けっこう残酷なもので、このような子供は苛めの対象にされることが少なくない。
しかし、Aが苛められることはなく、むしろその逆だったかもしれない。友達が沢山いたせいもあるが、なによりもAのパンチは痛かった。転校して間もない頃だが、秋祭りの神輿担ぎの最中に子供同士で揉めたことがある。
私とAは同じ側だったのだが、乱戦の最中たまたまAのパンチを受けてしまった。そのあまりの痛さに思わず座り込んでしまった。Aは邪気なく「悪い、間違えた」と言うので、その場は我慢した。でも、ちょっぴり頭きた。
頭にきたのは確かだが、あのパンチの痛さは並ではなかった。正直少し怯えたくらいの痛さであった。転校したてで良くみんなのことが分っていなかったので、いろいろ聞いてみると、Aのパンチの秘訣は拳の堅さだと言う。
小児麻痺から回復する過程で、Aは相当に苦労したらしい。その際に握力が異常に鍛えられ、拳を握り締めることで、パンチ力が高まったらしい。
この時初めて、パンチの痛さは拳を握りこむ強さに由来すると知った。
プロレスの世界で、握力の強さといったら「鉄の爪」フリッツ・フォン・エリックが有名だが、もう一人隠れた強豪がいる。それが「人間ジューサー」ダニー・ホッジだった。
ちなみに人間ジューサーのあだ名は、彼が握力だけでリンゴを潰してジュースを作るパフォーマンスに由来する。ちょっと間抜けなあだ名に思えるが、実際に見ると驚きますぜ。ほんの一瞬でリンゴを握りつぶし、たちまちのうちに十数個のリンゴを潰してしまう。
わずか数分のパフォーマンスだったが、あれは容易には真似できない。あの握力で拳を握り込み、殴られたら凄まじく痛いと思う。しかもホッジはアマチュア・ボクシングの全米チャンピオンの経歴を持つ。
プロレスのリングでは、一応パンチは禁止技なのだが、追い詰められた時に見せるホッジのパンチは凄まじい威力をもっていた。あっという間に試合を逆転させてしまう。
実はホッジはプロレスラーとしては小柄な部類に入る。身長は1メートル70台半ばだと思う。体重だって90キロ台のジュニア・ヘビー級なのだ。しかし、強さはヘビー級であった。
当時、無敵のチャンピオンとして名高かったルー・テーズが「ホッジがあと10キロ重かったら、彼がチャンピオンだと」断言するほどであった。アマレスの強豪でもあり、怪我さえなければオリンピックでメダル間違いなしと謳われたホッジは、私の知る限りで最強のジュニア・ヘビー級プロレスラーであった。
日本では国際プロレスのリングに上がっていたので、あまりメジャーな存在ではないのが残念だ。私がプロレスに夢中な頃は、既に全盛期を過ぎていた。しかし、小柄な身体を俊敏に活かしたレスリングの技術の高さと、時折みせるボクサーばりの鋭いジャブは、十二分にその強さを感じさせた。
ただ、私が記憶するホッジは、いつも仏頂面だった。笑顔を一度もみたことがない。ちょっとハリソン・フォードに似ているハンサムな顔つきなのだが、クソ真面目を絵に描いたようなオジサンだった。性格も同様であったらしく、そのせいでプロレス界を引退するのも早かったと聞いた。
妙なパフォーマンスばかりが目立つ昨今のプロレスからは程遠い、硬骨でクソ真面目なプロレスラー。それがダニー・ホッジであった。インタビューで、「レスリングの素晴らしさを知って欲しくて、プロレスをやっています」と背筋を伸ばして真面目に答えていた姿が懐かしい。こんな普通に常識人のレスラーはその後出ていないことを思うと、少し寂しい気がします。