ヌマンタの書斎

読書ブログが基本ですが、時事問題やら食事やら雑食性の記事を書いています。

橋のない川 住井すゑ

2009-12-07 12:18:00 | 
はっきりと断言するが、憎い相手を力の限りぶん殴る快楽はたしかにある。喧嘩がさして強くない私でも、何度か経験している優越感と満足感。だがその気持ちよさも半日ともつことはない。

職員室に呼び出され、頭ごなしに叱られ怒鳴られ、よく分らんうちに頭を下げねばならぬ屈辱。先生の背中に隠れる相手の含み笑いにブチ切れて殴りかかるも、先生たちに押さえ込まれ、あげくに倉庫に閉じ込められた。喧嘩に勝ったはずなのに、味あわねばならぬ敗北感。こんな矛盾したことがあっていいのか?!

世の中、全然公平じゃないし、いかさまと誤魔化しが横行してばかり。相手のズルに怒って何が悪い。怒る方が当たり前であり、なぜに大人は分らない。卑怯に立ち回った奴らが得をして、堂々戦った自分だけが批難される。絶対おかしいよ!

誰も分ってくれない。気がついたら私はいつも一人だった。だから一人で好き勝手に、やりたいことをしたいだけやった。学校をサボることを覚え、気に食わない奴は放課後、帰宅の途中で襲い掛かって痛めつけた。相手がでかくたって、後ろから棒で殴りかかれば必ず勝てた。

先生は怖くなかった。ただうるさいだけだ。嫌なのは交番に連れ込まれ、親に連絡されることだった。母は働いていたので、おばあちゃんが迎えに来た。

おばあちゃんは私を叱ったりしなかった。ただ無言で私の手を引いて連れて帰ってくれた。私はこのおばあちゃんの無言だけが怖かった。だから家事の手伝いだけはやっていた。

家族に心配されるのは嫌だった。だから何も言わなかった。家では良い子でいたつもりだ。でも、それが虚勢であることは内心気がついていた。心は不安で一杯だった。

転機となったのは、親の転勤に伴う転校だった。新しい街、新しい学校で私は生まれ変わった。自分でもビックリするくらい良い子になれた。喧嘩もしない大人しい子供を演じられた。殴られる痛みよりも、孤独であることの痛みのほうが大きいことを知っていた。

弱いとバカにされたって、クラスの一員として受け入れられるほうがはるかに楽だった。負けるが勝ちって、こういう意味だったのだと初めて知った。

ただ、どこかで押さえつけていたものがあったのだと思う。燃え尽きたとみえた灰のなかで、火種が残っていたらしい。子ヒツジのように大人しくなっていた私に、再び火を付けたのが表題の本だった。

転校した後に、母に紹介されて参加するようになったキリスト教の集まりで奨められた本だった。

自分のためではない怒り。差別と不公平への怒り。虐げられるものへの哀しみと同情、そして彼らを虐げるものたちへの怒り。怒りは悪事を糾す動機にもなるものだと知った。

キリスト教は神に許されるありがたみを教えてくれた。そして社会主義は虐げるものへの怒りが正当なものであることを教えてくれた。私は急速に社会主義へと傾倒していった。もっとも高校を卒業する前に挫折と失望を味わい、以降は政治と宗教から離れることになる。

現在でこそ市場経済肯定派であり、右よりの保守の立場になっているが、私の政治への関心の第一歩は、間違いなく左派から始まった。その契機となったのが、この本であった。

社会主義や平等思想は、つまるところ煩悩深き人間どもには届かぬ境地なのかもしれないが、それでも世に数多あふれる不正を糾す土台たりうるものだと思う。

ベルリンの壁が壊され、社会主義が廃れた今だからこそ、改めてその価値を考えてみたいものです。少なくとも表題の本は、忘れ去られることなく読み継がれて欲しいと思うのです。
コメント
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