ヌマンタの書斎

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樹海戦線 J・C・ポロック

2013-11-05 12:00:00 | 

信じていたものに裏切られるのは、我が身を切り裂かれるような苦しみである。

それは国家とその兵士にも云えることだ。

戦争と革命の世紀との呼称が相応しい20世紀だが、銘記すべき戦争がいくつかある。まず第一次及び第二次世界大戦だが、これは帝国主義を掲げて世界を植民地化して覇権を握った西欧から、アメリカとソ連がその権勢を奪った戦争だと理解すべきだ。

そして規模は小さいながらも、その覇権を握ったアメリカを堕落させたヴェトナム戦争と、ソ連を内部から崩壊させたアフガニスタン戦争だ。大義なき泥沼のジャングルに放り込まれたアメリカの若い兵士たちは、なぜ自分がここで戦い、傷つくのか分からず死んでいった。

それはロシアの若い兵士たちも同様で、祖国解放戦争(第二次世界大戦)と異なり、やはり何故この厳しく乾いた山岳地帯で、絶える事のない戦いを強いられることに納得できずに死んでいった。

帰国した若い兵士たちは、自分たちが故国でも歓迎されず、また理解もされないことに絶望し、ある者は麻薬に逃げ、ある者は裏社会に潜った。もう政府を信用できず、己の自由のみに固執するようになったのが、ヴェトナム帰還兵士たちであった。

ロシアでは、軍はもはや誇りの抱ける聖職ではなく、共産主義の理想も信じられず、アフガン以降急速に裏社会が拡大し、それはソ連邦崩壊につながった。新たなロシア政府となっても、政府への不信感は変わらず、元ソ連軍兵士たちは全世界に散らばり、ある者はマフィアと化し、ある者はテロリストと化した。

かつては祖国への愛と忠誠を固く誓った若者たち。だが、その祖国が彼らを裏切った。高度な国家レベルの判断であろうと、信じていたものに裏切られる痛みを癒すものではない。

アメリカの森深く、警備犬の育成と訓練を営む主人公の下へ、ヴェトナム戦争当時の上官から届いた招待状。その招待に応じて湖畔のキャンプ場へ行くと、謎の言葉を残して上官は、その場で射殺された。

かろうじて生き延びた主人公を襲う謎の武装集団。かつての戦友の一人も殺され、残されたもう一人の戦友を伴いカナダの森深いロッジにて、敵を迎え撃つ主人公。警察にも、軍にも頼らず、ただ自分の力のみで敵と戦おうとする主人公には、政府への信頼の欠片もない。

ある理由から、どうしてもこの主人公を抹殺せねばならないA氏は、ついにソ連の現役戦闘部隊をカナダに呼び寄せる。その部隊を率いる隊長は、やはりアフガン戦争の生き残りで、軍上層部への不信感を持ちつつ命令に従う。

だが、希望していた装備はほとんど認められず、小火器のみの携行で戦えと命令される。ロシア人隊長が不満と不信感を押し隠して降り立ったカナダの森は、壮絶な戦場と化す。

冒険小説の大家となったJ・C・ポロックの日本デビュー作である表題の作品だが、正直言って爽快感には乏しい。だが、そのエンディングの凄まじさは、思わず絶句するほどである。

政府に裏切られた主人公の壮烈さも心に深く残るが、その主人公と死力を尽くして戦ったロシア人隊長も単なる敵役では収まらぬ深みがある。そしてなにより、本当の敵役ともいえるA氏と、そのA氏を利用しつくすアメリカ、ロシア両政府の醜悪さこそが最も記憶に残る。

だからこそ、単なる冒険小説の枠に収まらぬ名作なのだろう。機会があったら是非ご一読を。

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