年を取ることを恐れることはないが、哀しいというより寂しい現実に気が付くこともある。
私は子供の頃から自転車小僧であった。初めて自転車に乗ったのは小学1年生の頃だが、以来十数台を乗り継いでいる。特に高校時代は凄かった。高校までの片道20分の通学はもちろん自転車。電車だと倍以上かかるので、雨の日だって登山用の防水服を着て自転車を乗っていた。
学校が終われば、週3回は原宿の予備校まで、これまた片道40分かけて自転車で通う。朝から夜まで移動は自転車であり、平日だろうと休日だろうと自転車で駆け回っていた。
予備校から大学の頃は、一時スクーターに乗っていたこともあるが、どうも警察と相性が悪く、罰金と免停を繰り返していたので、再び自転車に戻った。自転車ならば信号を無視しようと、一時停止を無視しようと罰金はない。
取締り中の警官に向けて、お尻ペンペンしながら赤信号を駆け抜けたものである。嗚呼、気分爽快。
大人になってからも自転車好きは変わることなく、今度は古本屋巡りに自転車が活躍することになる。だいたい古本屋という奴は、裏通りの狭い路地の一角に店を構えることが多い。車で回ろうにも駐車場が満足にない。
東京の古本屋街は、早稲田、神保町、高円寺、吉祥寺などに点在しており、電車と徒歩では時間がかかり過ぎる。その点、自転車ならば一日で回れる。まず神保町まで一時間半、ここは値段は高いが質の高い古本に溢れるだけでなく、情報の宝庫でもある。
それから40分ほどかけて早稲田に移動する。ここは文庫本が豊富であり、安値で売られている掘り出し物はあまりないが、売れ筋の本は安値で手に入りやすい。そして中央線沿線の老舗を回る。
中野、高円寺、荻窪、西荻と回り、最後の吉祥寺では既に夜半である。背中のバックと、自転車の荷物入れには本がたっぷりと収まっている。これで当分、読む本には苦労しない。
母の家に直行して夕食を食べ、自宅に帰って風呂に入って疲れを癒す。充実した一日であったと満足しながら、さすがに疲れて早めに床に就く。これが20代の頃の私の休日である。病気療養で体がシンドイ時を除けば、自転車での古本屋回りは休日の楽しみでもあった。
あの頃は、車の走行距離よりも自転車の走行距離のほうが確実に長かった。自転車で駆け回るのを苦痛に思ったことなぞない。風を切って走るのは、なにより鬱屈した私にとって必要な気分転換でもあったからだ。
さすがに働き出してからは、この古本屋巡りもずいぶんと減り、顧客回りの途中での古本屋巡りがせいぜいであった。それでも、偶の休日には比較的近い西荻や吉祥寺の古本屋を自転車で回るのは、やっぱり楽しいものであった。
ところで、先月末のことだ。昨年の心筋梗塞以来お世話になっている病院は、少し交通の便が悪く、電車とバスを乗り継いで一時間かかる。しかし、自転車で行けば片道30分たらず。朝の渋滞時間だと、車でも40分以上かかるので、体力増強もかねて自転車で通っている。
もっとも夏までは運動を控えるように言われていたので、自転車で通うようになったのは秋からだ。12月初旬の外来は普通に自転車で通って、なんの問題もなかった。
寒さが厳しくなった一月も、少し厚着をしたうえで自転車で病院に通った。さすがに寒さが辛いが、手袋はスキー用であり、むくむくのボアが温かい皮ジャンならば大丈夫・・・そう思っていた。
ところが、その日の夕刻から体調がおかしくなった。どうも風邪を引いたらしい。夜には38度の熱が出る始末で、もしかしたらインフルエンザでは?と内心焦っていた。電話で近所の救急病院に相談すると、インフルエンザは潜伏期間があるので、翌朝以降に高熱が続くなら来てほしいとのこと。
そりゃ、そうだと思いとりあえず布団にくるまって眠る。翌朝、熱は下がっていたので、ただの風邪だと分かった。まだ本調子には遠いが、今日は府中の試験場で免停の講習があるので、むりくり参加する。
試験場でおもしろくもない講義を聴きながら、風邪の原因を考えてみると、多分風邪の菌に感染したのは病院だろう。でも間接的要因としては、自転車で寒い中走ったことで体が冷えていたこともあると思う。たしかにあの日は寒かった。
手袋と革ジャンだけでなく、帽子と耳当もつけるべきだった。たしかあの日、寒風に吹かれて顔が痛いくらいに寒かった。あれで身体を冷やし過ぎたのが、結果的に風邪を引いた要因となっている可能性を否定できない。
十代の頃は、寒い中でも自転車を全力で漕いで身体を温めたものだ。でもそんな体力がないことを今回の風邪で思い知らされた。年をとることを厭うているわけではないのだが、体力の衰えを痛感させられるのは、はやり寂しいもんだなァ。