犬好きではあるが、犬は怖いとも思っている。
子供の頃、犬を飼っていたので、好きなのは確かだ。しかし、幼少時、米軍基地の隣町で暮らしていたので、野犬警報があったことは覚えている。また、カブスカウトの夏合宿で、野犬の群れに囲まれた事もある。
犬が決して可愛いだけのペットでないことは知っているつもりであった。でも、まだ認識が甘かったと知ったのは、20代半ばのころ。
そのお店は、繁華街から少し離れた隠れ場的な飲食店であった。庭には柵に囲まれたスペースがあり、小さな犬が飼われていた。多分、柴犬だと思うが、小屋の前で寝ていて、客には愛想は良くない。ま、いいか。
その店で美味しい食事を頂き、軽くワインも頂き、ほろ酔い加減で会計を済ませた。連れが化粧直しにいっていたので、先に店を出て、庭を見ると暗がりのなかから柴犬が歩み寄ってきた。
軽い気持ちで、膝をついて「お出で、お出で」と柵の中に手を入れて呼び寄せると、近づいてきた。が、ふと違和感を感じた。尻尾をふってない。いや、それどころか鼻に皺をよせて、尻尾は立てている。
やばい!
とっさに出した手を引っ込めた。飛びかかってきた柴犬の牙が鳴るのが聞こえた。お店のご主人が「ゴロ!下がれ!!」と命じると、柴犬は後ずさりしていった。でも、まだ柵の向こうから私の方を睨んでいる。
ご主人が「お客様、お怪我はありませんか」と駆け寄ってきた。引っ込めた手を見ると、その手の甲に、うっすらと赤い筋が走っていた。正直、ゾッとした。
「スイマセン、このゴロの奴、酒の匂いのする人間が大嫌いなんですよ。多分、以前酔っ払いに苛められたのでしょう」と云い、消毒してくれた。私も酔っていたので、気が付くのに遅れたのも悪い。
ちなみに、このゴロ君、体高30センチたらずの小型犬である。しかし、その牙は鋭く、おそらく人間の腕くらい、軽く切り刻むだろう。忘れちゃいけない。犬は本来、狩猟動物でもあることを。
いや、人間は狩猟のお供にするだけでなく、人を殺す道具としての犬も作り上げた。それが軍用犬である。そんな軍用犬を主役にそえたクライム・エンターテイメント小説である。
可愛くもなければ、人に忠実でもない驚くべき殺人マシーンと人の、一世紀にわたる物語である。なんともいえぬ読後感であり、私は読み終えた後、昔噛まれそうになった手をしみじみ見てしまった。
おそらく、犬は人の手により、一番改造された生き物である。人の罪深さは、単に環境破壊だけではないのだと思わされましたね。