賭博は浮「、私はけっこう本気で浮ェっている。
私がはまっていたのはパチンコなのだが、開店から閉店までパチンコ屋にこもってやっていた。それも大学受験浪人の時である。馬鹿であると自覚はしていたのだが、止められなかった。
表現に窮するのだが、敢えて無理に表現すれば、脳の一部が過熱して暴走しており、意志の力で抑えることが出来ない状態になっていた。賭博には、どこか本能に訴える要素があるように思う。
根拠なき妄想かもしれないが、おそらく人類の狩猟本能に訴える部分があるのではないかと思う。実際、賭博は狩に似ていると思う。店の椅子に座っているから、狩猟というよりも魚釣りのほうが近いのだが、場所の選定、道具の選択、過去のデーター活用など獲物を得るための努力は惜しまないことにも類似性を感じる。
ただ、狩猟と異なり、自らの命のリスクはない。あるのは金銭上のリスクであり、その安全性が女性にも賭博に引き込ませる所以かもしれない。パチンコに熱中して、炎天下の駐車場の車内に赤子を残す母親を非難するのは当然だ。
しかし、男女を問わずして賭博には、中毒的な魅力があることを認めないといけない。男女どころか分別あるはずの高齢者でさえ賭博の魅力に抗するのは難しい。
賭博には、理性を麻痺させる怪しい魅惑があることは確かだと思う。だからこそ、その危険性を恐れて賭博を禁止させようとする向きもある。だが、有史以来、賭博、飲酒、買春を禁止させることに成功した政府は存在しない。
いずれも本能に訴える悦楽に根付くものだけに、禁止させることは、人が人である限り不可能だと思う。禁止させることが無理ならば、場所を制限する方法が一番効果があると思う。
それと異論はあるだろうが、学校教育のなかで賭博、投機、麻薬、飲酒、売春などについて教える必要はあるのではないかと思う。世の中に存在するものである以上、それが何であるか、何が問題であるかぐらいは教えるべきだ。
でも、危険なことは教えるな、近づけるな、なかったことにしろ、といった事なかれ教育者が多いので、学校では難しいであろうことも分かる。
表題の漫画は、賭博をすることを認めている学校に転校してきた主人公と、その競争相手たちの物語だ。その思考は完全に賭博に取りつかれたものであり、その異常さが目に現われており、その異様さ故に私は手に取ってしまった。
その異様さ、身に覚えがあるだけに無視するのが難しかった。多分、あの頃の私も、あの異様な目つきをしていたのだろうと思う。あぁ、厭だ、あたしゃ絶対にもう賭博には手を出さないゾ。
私がはまっていたのはパチンコなのだが、開店から閉店までパチンコ屋にこもってやっていた。それも大学受験浪人の時である。馬鹿であると自覚はしていたのだが、止められなかった。
表現に窮するのだが、敢えて無理に表現すれば、脳の一部が過熱して暴走しており、意志の力で抑えることが出来ない状態になっていた。賭博には、どこか本能に訴える要素があるように思う。
根拠なき妄想かもしれないが、おそらく人類の狩猟本能に訴える部分があるのではないかと思う。実際、賭博は狩に似ていると思う。店の椅子に座っているから、狩猟というよりも魚釣りのほうが近いのだが、場所の選定、道具の選択、過去のデーター活用など獲物を得るための努力は惜しまないことにも類似性を感じる。
ただ、狩猟と異なり、自らの命のリスクはない。あるのは金銭上のリスクであり、その安全性が女性にも賭博に引き込ませる所以かもしれない。パチンコに熱中して、炎天下の駐車場の車内に赤子を残す母親を非難するのは当然だ。
しかし、男女を問わずして賭博には、中毒的な魅力があることを認めないといけない。男女どころか分別あるはずの高齢者でさえ賭博の魅力に抗するのは難しい。
賭博には、理性を麻痺させる怪しい魅惑があることは確かだと思う。だからこそ、その危険性を恐れて賭博を禁止させようとする向きもある。だが、有史以来、賭博、飲酒、買春を禁止させることに成功した政府は存在しない。
いずれも本能に訴える悦楽に根付くものだけに、禁止させることは、人が人である限り不可能だと思う。禁止させることが無理ならば、場所を制限する方法が一番効果があると思う。
それと異論はあるだろうが、学校教育のなかで賭博、投機、麻薬、飲酒、売春などについて教える必要はあるのではないかと思う。世の中に存在するものである以上、それが何であるか、何が問題であるかぐらいは教えるべきだ。
でも、危険なことは教えるな、近づけるな、なかったことにしろ、といった事なかれ教育者が多いので、学校では難しいであろうことも分かる。
表題の漫画は、賭博をすることを認めている学校に転校してきた主人公と、その競争相手たちの物語だ。その思考は完全に賭博に取りつかれたものであり、その異常さが目に現われており、その異様さ故に私は手に取ってしまった。
その異様さ、身に覚えがあるだけに無視するのが難しかった。多分、あの頃の私も、あの異様な目つきをしていたのだろうと思う。あぁ、厭だ、あたしゃ絶対にもう賭博には手を出さないゾ。