アメリカで最も知名度の高かった日本人プロレスラー、それがザ・グレート・カブキだ。
歌舞伎にヒントを得て、グロいメイクを施し、異様な風体で登場し、ヌンチャクを振り回し、怪しい色の毒霧を吐き出すだけで、観客は大興奮。もっとも、試合はほとんど技を使わず、相手との間を活かしたパフォーマンスが中心。
対戦相手の技は受けるが、自分からは技らしい技は使わずに、試合の大半をこなす独特のプレーが印象的。たまに使うトーラス・キック(後ろ蹴り)と突き上げるパンチで試合を決めてしまう独特なスタイル。
誰しもが一度見たら忘れられないインパクトを残すプロレスラーであったと思う。
ただ、私はあまり好きではなかった。彼が高千穂明久というリングネームで、興業の前半、つまり若手の試合をしていた時代を覚えている。引き締まった身体に、正統派の技を使う堅実なプロレスラーであったと思う。
しかし、アメリカで人気爆発して凱旋帰国したカブキは、もはや別人であった。引き締まったお腹は、ぷっくりと肥えて、しまりのない体つき。パフォーマンスに終始して、試合を演じるだけ。
私は知っていた。高千穂は実力だけならトップクラスであることを。地味な技の使い手であったが、それでも寝技、立ち技、打撃技をまんべんなく使える正統派のプロレスラーであった。
だが、アメリカで超人気レスラー「ザ・グレート・カブキ」に変身して以降、彼はパフォーマンス中心のレスラーに堕した。私が不愉快に感じた、あの肥満したお腹も、体重の軽さを補うための結果だと分かっていたが、体重増加による技の強化は感じられなかった。
でも、弱くなった訳ではない。むしろ、アメリカで揉まれて、より一層強さを増したことは、後になって判明した。それがあの有名な親子対決。
メイクアップと毒霧のパファーマンスの後継者といっていいのが、グレート・ムタこと武藤敬司である。カブキが日本に戻った後、アメリカで人気を博したのがグレート・ムタであった。このムタとカブキが親子の情を超えて(苦笑)、リング上で対決した。
もちろん二人に親族関係は一切なく、これはあくまでプロレス独特のシナリオである。この馬鹿らしい試合が、実はとんでもない試合であった。柔道で国体に出たこともある武藤は、派手なパフォーマンスとは裏腹に、そのレスリング技術は本物である。もちろん、カブキも寝て良し、立って良しの実力者である。
この二人の試合は、毒霧の吹きあいなどの馬鹿げたパフォーマンスはあれど、試合そのものはデスマッチといっていいほど過激なものとなった。外面の胡散臭さとは対極で、二人とも激しいバトルに終始し、真っ当な技の掛合いから、えぐい反則技の応酬が繰り広げられ、あまりに激しい流血に、この試合はTV放送が自粛されてしまった。
二人とも憎しみ合っていた訳ではなく、むしろ意地の張り合い的な激しさが前面に出てしまった結果らしい。最後の最後まで、親子の争いであるとのギミックは崩さず、あれだけ激しい流血試合であるにも関わらず、変な遺恨が残らなかったのは、両者ともプロの証であろうかと思う。
私はメイクアップも、毒霧のパフォーマンスも好きではないが、あの激しい試合がTV放送されなかったことは、放送局の判断ミスであったと確信しています。あれこそ、カブキの真の実力を示す絶好の試合だっただけに、私としては無念に思います。