犬だって嘘をつく。
公団のような集合住宅では、犬を飼うことは出来ない。犬好きの私としては、仕方ないと思いつつも、傍らにワンコが居ない生活に不満を抱いていた。でも飼えないことには納得していた。
それでも、気が付くと犬を飼っているクラスメイトと仲良くなることが多かった。それほど人間関係に積極的ではない私であったが、ワンコは別腹である。
人に飼われているワンコならば、大概仲良くなれる自信はあった。小学校のクラスメイトのK君の家には、茶色の柴犬が居て、私はしばしばこの柴犬目当てでK君のところへ遊びに行っていた。
ある日のことだが、遊びにいくと柴犬が足を引き摺っていた。どうしたのかと尋ねると、散歩中に公園の崖からずり落ちて、それ以来足を引き摺るのだそうだ。心配なのか、いつもは家の奥に居て出てこないK君のおばあちゃんまで縁側に出てきて、骨付きの肉を与えたりしていて、ワンコはひどく嬉しそうであった。
その翌日であった。別口の用事があって私がK君の家の前を通りかかった時である。K君の家は庭が広く、垣根越しにワンコの姿が見えた。おや?なにやら土埃が立っているし、唸っている声がした。
覗いてみたら、骨を咥えた野良猫が、庭の木の枝に居て、その下でワンコが駆け回り、唸っていた。はァ~、骨を横取りされたんだなと気が付いた。そこで手伝ってやろうと庭に入り込み、木をゆすってあげた。
猫は驚いて、枝から飛び降りて逃げだしたが、その際に骨を落としていった。すかさずワンコは駆け寄って、骨を取り返した。尻尾をふりふり誇らしげである。おい、その功績は俺のおかげだろうと思いつつ、良く見るともう足を引き摺ってはいない。
もう、足は治ったのかと言ったら、急にワンコが俯いて、ちょっと上目づかいに私を見上げて、再び足を引き摺りだした。
ぷぅ~と私は噴出した。こいつ、演技してやがる。思うに公園の崖から落ちた当初は、本当に痛かったのだろう。でも、その後足を引き摺る姿に同情した家族から優しくされて、それに味を占めたのだと思う。
K君の家族は、その犬を可愛がってはいたが、どちらかといえば普段は放置気味。だからこそ、よそ者の私に懐いたのだと思う。でも、本当はK君たちに可愛がって欲しかったのだろう。
私は、仮病もほどほどにしておけよと声をかけて、その場を立ち去った。いつもなら道路の入り口まで付いてくるのだが、その日はばつが悪いのが、その場にうずくまっていたのが可笑しい。
あのばつの悪そうな表情は、今でも忘れがたく覚えています。犬って、けっこう表情豊かな生き物なんですよ。