人の命は地球よりも重いと言った、どこぞの政治家がいたが、戦国時代の大名で同意する人はまずいない。
それでもなるべく人の命は奪わすに済ませたいと考えた武将は思いの外多い。羽柴秀吉もその一人で、高松城の水攻めや、鳥取城の飢え殺し、三木城の干殺しなど、戦わずに相手を飢えさせて戦意を奪い、最終的に城主の切腹で終わらせる戦いかたが目立つ。
もっとも信長の直接指揮による比叡山焼き討ちや、長島の皆殺しなどにも参加しているので、決して人道主義の人ではない。ただ、農民出身だけに、農民=生産力であり、戦いに勝った後のことは考えていたと思われる。
もっともこれは例外であり、多くの戦国大名は敵を戦場で倒して、自らの権威を確立させている。それとは対極のやり方で戦国大名に勝ち名乗りを挙げたのが宇喜多直家である。
元々は没落した播磨の小大名であり、幼少時には流浪の生活を送っていた苦労人である。特に武芸に秀でた訳ではない彼が、戦国大名となり得たのは、謀略と暗殺に長けていたからである。
その遣り口は凄まじい。娘婿の大半は彼に暗殺されているし、直家に茶の間に呼ばれれば、生きて帰る者なしとまで噂される暗殺の達人である。しかも諜報と陰謀にも長けており、瀬戸内海沿いの海賊の真似までして、徐々に勢力を広げて、遂には毛利家、織田家の双方からも認められる戦国大名となる。
ただ、その遣り口のあまりの凄惨さから、毛利も織田もいささか毛嫌いしていたらしい。これは同時代だけでなく、後の江戸時代になっても嫌われていたようで、戦国三大梟雄(斉藤道三、松永秀久)とまで呼ばれる始末である。
正直、いささか気の毒な気もする。戦場で多くの兵士を倒し、最終的に敵武将を倒すことは、確かに王道である。しかし、その武将を単独で暗殺してしまう方が、人的な損失は遥かに少ないはずだ。
また暗殺には、情報が重要となる。誰を、どこで、何時殺すのか、その情報を入手し、判断することは思いの外難しい。直家は幼い時の流浪の生活から、情報の大切さを学んでいたようで、それが後の暗殺術に活かされたのだと思う。
彼が戦場での戦いよりも、暗殺や謀略を好んだのは、少数の部下を戦場で失いたくなかった気持ちもあったと思う。事実、直家は敵には過酷であったが、味方には公平で気配りも欠かさない良き上司であったようだ。だから味方に裏切られることは少ない(部下も直家が怖かったのだろうけどね)。
ちなみに戦場での指揮官としても優秀で、私が戦国時代の最強兄弟だと思っている吉川元春と小早川隆景の猛攻を見事にしのいでいる。決して暗殺だけの人ではない。
直家は自らが嫌われ、かつ信頼され難いことも自覚していた。だからこそ秀吉に膝を屈した。毛利からも織田からも嫌われていたが、宇喜多家が生き残るためには、いずれは戦国覇者に膝を屈しなければならない。
そのことを自覚していた直家は、播磨攻略に苦戦する秀吉に、その未来を託すことにした。この決断が宇喜多家を生き残らせた。自らの寿命がもう残り少ないと知った直家は、妻に自分の死後は秀吉の世話になれとも言い残した。
秀吉の女好きを知っていた直家は、自らの妻さえ道具として使ってのけた。ひどい男だと思うだろうが、私の見かたは少し違う。この妻は、元々は他の武将の妻であったが、敗北により夫を失い路頭に迷っていたところを直家に救われている。
かなりの器量よしだと伝わっているが、それ以上に直家とはオシドリ夫婦であったようだ。自分の死を覚悟した上で、妻の安全を任せられるのは秀吉に他ならないと判じたが故の決断でもあったはずだ。
信長には嫌われていたが、秀吉なら約束を守ってくれるはずだと判断した直家は正しかった。実際、直家の死後も宇喜多家は優遇された。ただ不幸なことに直家の後継者である秀秋は、器量以上の立場についてしまい、結果的に関ヶ原の敗戦後、家康により大名の地位から落され、最後は八丈島に流されている。
最後は許されて、島から戻るはずであったが、もう秀秋は戻る気はなく、八丈島で生涯を終えている。今も島には彼の親族が生き残っているという。この悲惨な結末を、暗殺でのし上がった父・直家の報いだと噂されたが、それは違うと思う。
播磨攻略に苦戦した秀吉にとって、直家が味方してくれたことは僥倖であり、かなりの恩を感じていたはずだ。また死後、直家の妻を愛妾として差し出してくれたことも喜んでいた。ちなみにあの本能寺の変の直後、中国大返しの際にも、立ち寄って一泊しているほど気に入ったようだ。
だからこそ残された直家の息子である秀秋を優遇した。しかし、この息子には、直家ほどの力量はなかったことが、最終的に家康に疎まれての八丈島流しであったと思う。
流浪の身から立ち上がり、暗殺と謀略で戦国大名とまでなった直家の最後の判断ミス、それが息子の器量を読み誤ったことでしょう。それにしても、三大梟雄と呼ばれた男たちは、いずれも息子の代で崩壊しているのが実に興味深いと思います。