売り出し方を間違えたのではないかと思う。
それが「1986年のマリリン」のヒットで知られている本田美奈子だ。スリムで明るい笑顔の似合う娘さんだと思っていたが、なんとなくアイドルっぽくないとも思っていた。
特に関心もなく、その後は忘れていた。私が再び彼女を目にしたのは、90年代初頭であった。当時、付き合っていた女性がミュージカルが好きであったからだ。私はまだ免疫力が十分に回復していなかったので、体調の良い時しか付き合わなかった。
彼女は私を一種の引きこもりだと捉えていたようで、よく外に連れ出された。病気に理解がないことに苛立つこともあったが、すっかり引っ込み思案になっていた私の社会復帰に一役買ってくれた女性だとも思っている。
その彼女が勝手にチケットを買い、けっこう強引に連れていかれたのがミュージカル「ミス・サイゴン」であった。パンフレットを見て驚いた。主役に本田美奈子とあったからだ。
まさか、あの本田美奈子?と問うと、「すごく評判がイイんだよ」と言われた。半信半疑であったが、後方の席であったにも関わらず、彼女の歌声は十分に観客席まで届いていた。
なるほど、と思った。この娘、ライブ向けだったんだ。お澄ましして、ステージで大人しく歌うスタイルでは、彼女は本領を発揮できなかったのだろう。ミュージカルという舞台では、元アイドルという看板はむしろマイナスに働くと思う。
しかし、彼女はその逆境を乗り越えて、ミュージカル俳優として花開いた。その後もオファーは続き、いくつもの舞台をこなした。だがご記憶の方もあるだろうが、本田美奈子は白血病で40前に亡くなってしまった。
私が直に見たのはあの「ミス・サイゴン」だけなのだが、今でも思い出せる。あの細身の身体のどこから、あれだけの声が出るのだろうと感嘆したものだ。詳しい人の話では、声を出すための筋肉が普通の人よりもぐっと太かったらしい。
可愛らしい外見故に、アイドルとしてデビューしたのだろうが、彼女の本質は舞台であったように思うのです。でも後に自分に合った仕事に巡り合えたことは彼女にとって幸せだったのでしょう。
安直に自分に合った仕事だと書きましたが、本当のところアイドル歌手であった歌い方とはまったく異なるミュージカル俳優としての発声法の習得には、相当な努力を費やしたはずです。だからこそのあの舞台であったのでしょう。その努力には敬意を表したいと思います。
ただ、あまりにその生涯は短すぎた。改めて聴き直してみて、つくづくそう思いました。残念な人を亡くしたものです。なお、添付した動画は、彼女が亡くなる前、最後のTV収録されたものです。是非ご視聴していただけると嬉しいです。
合掌。