ヌマンタの書斎

読書ブログが基本ですが、時事問題やら食事やら雑食性の記事を書いています。

私が幽霊だった時 ダイアナ・ウィン・ジョーンズ

2013-04-08 12:12:00 | 

気が付いたら自分は幽霊だった。

でも、どうして自分が幽霊になったのか思い出せない。そもそも自分って誰?名前は何?

でも目の前で騒いているのが大嫌いな姉と妹たちであることは分かる。分かるけど、だとしたら自分はその中の一人であったはず。今、ここに居ないのは次女かしら?

え!次女は友人宅にお泊りしている。だったら私って誰なの?

主人公が幽霊だという小説も珍しいと思うが、誰の幽霊だか分からないというのだから、主人公に負けず劣らず読者も戸惑う。

だからこの本は、半分ちかく訳が分からない状態で話が進む。後半になって、ようやく状況が分かってくる。でも、真相はまだ霧の中。そして最後の最後にどんでん返しが待っている。

ちなみにこの本は、どう読んでもホラー小説ではない。強いて言えばファンタジー小説なのだと思う。だから浮ュはないが、4人姉妹って、こんなに喧しいものなのか?私にはこの姉妹の騒々しさが一番衝撃的でした。

決して出来の悪い本ではないのですが、確定申告の繁忙期で疲れた私には、前半の訳が分からない状態が辛かった。まァ、電車で眠気を誘う睡眠導入剤的役割で読んでいた私もなんですがね。

でも後半の加速度的に真相が見えてくる様は十分楽しめたと思います。怖くないホラー小説というか、魔法も怪物も出てこないファンタジー小説というか微妙なところですが、読み物としては面白かったです。

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アンローゼの閉店

2013-04-05 13:14:00 | 日記

もうあのラスクは食べられない。

ガーリックラスクも好きだけど、シュガーラスクもけっこう好き。地元にあるアンローゼというパン屋さんに立ち寄ると、いつもラスクがあるかどうかを探していた。

何故なら、けっこう人気商品で遅い時間ではまず品切れ。どうも学校から下校する途中の女子高生たちが買い占めていくらしい。おかげで私は滅多に買えない。

このパン屋さんは、パンだけでなく、ケーキやクッキーなども作っており、個性豊かな品揃えで評判の高い店であった。ラスクも調理パンの作成過程で出るパンくずから作っているらしく、手作り感が好ましいが、大量には作れないのでいつも品薄であった。

だから帰宅時に立ち寄ってラスクがあれば、その日の夜は紅茶を飲みながらラスクをつまむ楽しい時間が約束される。私の密やかな楽しみでもあった。

ところがだ、このパン屋さんが閉店してしまった。

予兆はあった。昨年暮れだが、店の入り口に張り紙が貼られて、店主の事情により当面休店しますと書かれてあった。噂では急病で倒れたらしい。

なんとなく私は納得してしまった。店主はけっこうなお年のはずだ。実のところ、お店では店主を見かけることは、まずほとんどなかった。おばちゃんと、女性の店員が数人でお店を切り盛りしており、店主はいつも二階の工場にこもっていた。

お店は夜8時前には閉店なのだが、二階では明かりが灯っていて明日の仕込みをしていることが窺われた。また偶然早朝に通りかかった時、二階を見上げるとまだ4時前だと言うのに、二階の工場の明かりが付いていたこともある。店主、いつ眠るのだ?

このパン屋さんは手作りに拘っていて、しかも可能な限り添加物を減らしたパン作りをしていた。つまり日持ちの悪いパンでもあり、一人暮らしの私には、いささか都合が悪いパンでもあった。

だいたい食パンだと三日が限度だったと思う。菓子パンなども、あまり日持ちのしないものが多く、出来るならその日のうちに食べきったほうが良い。

無添加のパンなんて、そんなものなのだろう。ついでだから書くと、無添加だから美味しい訳ではない。だが素朴な香りがするパンであり、スーパーなどで売られているパンとは味が違ったように思う。

こんなこだわりのパン屋さんだけに、二階でパンを作っていた店主は、さぞかし多忙であったと思うのだ。だから店主の事情と書かれた張り紙をみて、私は過労と高齢を思い浮かべ、無理もないかもしれないと納得してしまったのだ。

正直言うと、私はラスク以外ではカレーパンと菓子パンぐらいしか買わなかった。日持ちがしないので、サイズの大きいパンは買えなかった。だって、すぐにカビが生えてきてしまうのだ。

そのせいかパンを大量に置く店ではなかった。でも小さな店ではあったが、固定客もついている地元の名店であった。添加物を嫌い、素材の素朴な味を愛する人が好むパン屋さんでもあった。その休業後、しばらくしてから、週に三日ほど営業していた。

が、パンの種類も減っており、店に元気がなかった。小さいながらも賑わっていた店だけに、寂しさがより一層募る。こんな手作り感のあるパン屋さんで、ありそうで、そうそうない。

そして遂に3月24日に閉店してしまった。やはり後継者がいなかったことが閉店の理由だろうと思う。残念ながら、もうあのラスクは食べられない。そうなると、一層食べたくなるのが人情だが、あの手作り感のあるラスクはそうそう売っていない。

つくづく残念に思います。そして、今まで美味しいパンとラスクをありがとうございました。

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プロレスってさ 上田馬之助

2013-04-04 12:02:00 | スポーツ

日本人初の本格的悪役レスラー、それが上田馬之助だった。

髪を金髪に染めて、竹刀を振り回し相棒のタイガー・ジェット・シンと肩を組んで入場し、善玉レスラーを痛めつけ、観客の罵声を浴びながら退場する。それが悪役レスラー、上田馬之助だった。

決して人気のあるレスラーではなかった。金髪はいつもまだら模様で、典型的な細い目のアジア人顔とは合っていなかった。また長身ではあったが、ビール腹が突き出した体型は恰好良さからは程遠く、それを黒タイツの下半身がなおさら強調している。

同じ悪役でも、狂信的な暴れっぷりを感じさせたタイガー・ジェット・シンと比べると、どうしても地味にみえてしまう。リングサイドで暴れても、逃げ遅れた老人に配慮しているのが見え見えで、その老人の背中さえ踏んづけるシンほどの凄みを感じなかった。

だから、決して人気のあるレスラーとは言いかねた。ただし、玄人筋からの評価は高かった。これは同業者であるプロレスラーも同様であった。実のところ、タイガー・ジェット・シンは上田以外のレスラーとはタッグを組みたがらなかった。

投げ技から関節技まで使いこなせる実力派のシンにとって、上田以上のパートナーは考えにくかったらしい。もっといえば、シンは弱いプロレスラーとは絶対組まなかった。シンにとって上田は信頼するに足るプロレスラーであったらしい。

でも、当時観客として観ていた私には、上田がそれほどの実力者には思えなかった。ずっと、たいしたことのないレスラーだと思っていた。

ただ、上田に関する噂はいくつか耳にしていた。リングでは情けない戦いをしようが、控室に行けばチャンピオンでさえ席を譲るとか、真剣勝負には無類に強い実力者だとか。

聴きながら、本当かいな?と疑っていた。

そんな私が自分の目を疑ったのは、UWFが解散して新日本に戻ってきた前田と上田の試合であった。なんと、上田はあの前田の蹴りを何度も受けながら、まったく倒れなかったのだ。

ジュニアヘビーの高田の蹴りを、当時越中が分厚い胸で受け止めただけで話題になっていた頃である。本格的な蹴り技をプロレス界に持ち込んだのはUWFの選手たちだが、その中でも前田の蹴りは別格だった。

長身な上に体重もある前田の蹴りは、体格が一回り大きい外人レスラーでさえ嫌がる威力であった。巨体の坂口でさえ、前田の蹴りは引いて衝撃を弱めて受けていたほどだ。あのアンドレでさえ、本気の前田の蹴りからは逃げたぐらいなのだ。

しかし、上田は引くことなく無造作に受け止めた。それも一発や二発ではない。130キロ近い体重が乗った前田の蹴りをこれほど淡々と受け止めたプロレスラーは、これまで見たことがなかった。

最後は意地になってとび蹴りまで繰り出した前田の蹴りの前に唐黷スが、私も含めて多くの観客は上田の実力に度肝を抜かれた。いくら角界出身といっても、あの受けの強さは半端なもんじゃなかった。影の実力者の噂は、本当だったのだとようやく気が付いた。

悪役レスラーには、そのリング上の振る舞いとは裏腹に、個人的には良い人が多い。上田もその例にもれず、リングを降りれば善人として知られた人だ。ただ、プロの悪役たらんと徹していたので、善人とみられないように努力していたらしい。

プロレス好きの私だが、嫌なのはプロレスの世界で成功するのは、私人としては嫌な奴が多いことだ。金の亡者だったり、いい恰好したがる奴ほど成功する。そして良い奴ほど冷遇される。それは上田にもあてはまった。

興行地への車での移動中に事故に遭い、半身不随の重傷をおっての引退。皮肉なことに、引退してからようやく上田馬之助に関する真実の話が出るようになった。やっぱり、いい人であった。少し気の弱い、でも優しい大男。それがマダラ狼と呼ばれた悪役レスラー上田馬之助の実態だった。

既に故人ですが、こんなプロレスラーもいたんだと知っておいていただけたら嬉しいです。

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飛行艇の輸出

2013-04-03 12:40:00 | 社会・政治・一般

飛行機が離陸するためには長大な滑走路が必要だ。

その滑走路を滑らかな水面を活用しようとしたことから生まれた飛行機が水上機だ。水上機には二種類あり、主翼の下にフロート(浮き漕)を備えて機体を水面に浮かせるタイプと、機体の胴体部自体にフロート機能を持たせて水面に浮かぶタイプがあり、後者は飛行艇と称される。

前者はその構造上の問題で小型機に多く、セスナなどを改造したものが主流だ。一方後者は、その構造的に水上機専用の機体を設計する必要があり、中型から大型の機体が多い。ちなみにアニメ映画の「紅の豚」の主人公のポルコ・ロッソの愛用機は小型機でありながら胴体部にフロート機能を持たせた変り種だ。


大半の水上機は、小型のセスナタイプを改造して作られている。この方法が一番コストが安いので、現代でも数多くの水上機がこのタイプである。この主翼の下にフロートを備えた小型機は利便性が高く、カリブ海などのリゾート地では必需品となっているし、堅牢な滑走路が造れない湿地帯や、小さな離島などは水上機なしでは暮らせない。

ただし、このタイプの小型水上機は荒れた水面を苦手とするので、入江や湖水などで活用される。波が大きい海では、飛行艇でないと離発着は難しい。もっとも航空技術の進歩により、長大な滑走路がなくても離発着できる大型機が造られるようになった第二次大戦以降は、あまり活用されなくなった。

日本では太平洋戦争で二式大艇が活躍したが、敗戦後は長く水上機は活用されなかった。対潜哨戒機として開発されたPS1が久しぶりの水上機であったが、電子機器の進歩で、対潜哨戒は水上機である必要性が薄れてしまった。おまけにPS1は当初の設計が甘く、事故が多発した問題機でもあり、自衛隊員が延べ30人あまり墜落による事故死している。

だが、数少ない国産の航空機でもあったPS1は、製造元の新明和工業が威信をかけて改良に改良を重ねて安全性は飛躍的に高まった。しかし、当初の対潜哨戒の役割は終わり、役立たずの機体として終わるはずであった。ところがだ、荒れた海でも離発着が可能な水上機は、海難救難には威力を発揮する。そのために開発されたのがPS1を改良したUS1であった。

多くの犠牲者を出しながらも改良を重ねた甲斐があり、US1はほぼ無事故(一度墜落している)であり、750回を超える海難救助に活躍したばかりでなく、遠方の離島での医療搬送などにも威力を発揮した。

ただ、後継機をどうするかについては、いろいろと揉めたのは事実だ。一つにはヘリコプターの登場と、その特性(ホバリングによる空中停止)を活かした海難救助が実績を挙げるにつれて、大型水上機の必要性が薄れたことがある。

それでも飛行艇の長距離飛行能力や、荒天時での運用能力はヘリコプターを上回るものがあり、日本では開発続行の決断がされた。幸いアメリカが飛行艇の製造を止めていたこともあり、この開発には口出ししてこなかったことも大きい。

ただ、後継機の開発を巡る富士重工の贈収賄問題が、US1の後継問題をこじらせた。それでも海上自衛隊は諦めなかった。まっさらな新型機こそ諦めたが、US1を大幅に改良した後継機US2を開発し、既に実用化している。

そればかりか、カナダやロシアで森林火災への消防活動における飛行艇に倣って、US2にも消火機能を持たせて消防飛行艇への改造も進めている。そしてかねてから日本の飛行艇に関心を持っていたインドへの輸出も試みられている。

私の知る限り、日本で独自開発された軍用機が海外に輸出された例はない。もちろんUS2には哨戒機能は付加されていないし、もっぱら海難救助に特化している特殊な機体ではある。しかし、海上自衛隊という名称の日本海軍が保有する機体であり、イギリスのジェーン年鑑には軍用機として記載されている。

おかしなことに、憲法9条固守や、自衛隊の海外派遣反対などと大騒ぎするマスコミ様は、このUS2のインドへの輸出にはほとんど反応していない。このあたり、平和馬鹿で軍事知識がないからなのか、それとも崇拝するシナが反応しないからなのかは知らない。

私は憲法改正論者だし、武器の輸出を禁じることの無意味さを痛感している。もちろんUS2のインド輸出には賛成なのだが、反対意見が出ないことが不思議で仕方ない。

US2は確かに海難救助機能の高い飛行艇であるが、ちょっと改良すれば立派な対潜哨戒機にもなれるし、当然対潜兵器ぐらいは搭載できる立派な軍用機だ。その輸出は立派な憲法違反だと思うが、何故に平和真理教の皆様方は反対しない?

これはトヨタのトラックを輸出して、現地で機関銃を搭載する改造をして軍用トラックとするのとは訳が違うぞ。まったく軍事知識のない平和信者って奴ほど間抜けなものはないと思う。本気で平和を望んでいるのか、疑われても仕方ないと思うな。

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ヨルダン戦の敗北

2013-04-02 12:13:00 | スポーツ
気迫負け。

先週行われたワールドカップ・アジア予選の最終B組での日本対ヨルダンは、1―2での敗戦であった。

この試合で勝てば文句なしの出場決定、引き分けでも決定であった。しかもヨルダンはホームでの試合で6―0で圧勝した相手。当然、世界最速での予選突破を期待する人は多かったと思う。

でも、私は危ないと思っていた。現在アジア最終予選のB組は頭二つ飛び抜けた日本が断トツの首位で、後は大混戦なのだ。なにしろ日本と並ぶ強豪であるオーストラリアが、オマーン、シリアと並んでの大混戦なのだ。

この試合の前に行われたオーストラリア(ホーム)対オマーン(アウェイ)の試合は、2―2の引き分け。これでヨルダンは、日本に勝てば一躍2位に躍り出る。まさにどのチームにもワールドカップ出場の可能性が残っているのだ。

初の出場の夢に燃えるヨルダンは、ホームのアブドラ競技場では負け知らずであるだけに、私は引き分ければ上等だと予想していた。結果は最悪の敗戦、それも先制点を取られ、追加点まで奪われる。これはアウェイでやってはいけない試合展開の典型である。

いくら格下相手とはいえ、攻め過ぎである。ヨルダンは常にゴール前に5人以上を残していた。対する日本は、攻撃に人を使い過ぎで、挙句に一対一の競り合いに負けての失点である。アジアをなめ過ぎではないかい。

率直に言って、あの試合でのヨルダンは出来過ぎだった。特にGKが大当たり、あれでは勝つのは難しい。それなのに、無理に攻めすぎて、そこを突かれての失点。しかも、得点機に外し過ぎ。

調子こいて足元ばかりに球を要求する選手も悪い。スペースに走りこんで、得点機を伺うプレーのなんと少なかったことか。後半の香川の得点が、その唯一の成功例であった。あんなピッチ状態の悪いところで、足元のプレーに拘る選手たちの増長が敗戦を招いたと思う。

日本はまだまだホーム&アウェイの試合のやり方が甘い。アウェイでの試合は負けなければ良し。それを知っていながら、ヨルダン相手なら勝てると思いあがったからこその敗戦だ。

サッカーは甘くない。韓国もオーストラリアも、そしてイランも今回の最終予選では大苦戦である。真剣勝負では、一瞬の気の緩みが負けにつながることがよく分かる試合であったと思います。
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