てすさび日誌

哀しき宮仕えを早期リタイアし、“サンデー毎日”のomorinが生活の一コマや雑感を認めた日誌です(2005/4/20~)

壮烈な戦死

2006-09-18 10:57:00 | ビジネスと社会
 強い台風13号は17日午後6時過ぎ、長崎県佐世保市付近に上陸した後、各地で大きなツメ跡を残して同8時過ぎに日本海に抜けた。今回は“風台風”で宮崎県では突風により特急列車が横転するなどの被害が相次ぎ、台風や大雨の影響によるとみられる死者は計8人となった。今年は比較的台風が少なくて安堵していた矢先だった。

 わがエリアは天災被害が少なくて恵まれているだけに、このような被害に遭遇された方々のご冥福と被害に遭われた方々が少しでも早く元の生活に戻れるように祈らずにはいられない。
 最近の台風に伴うわが家の直接被害は、台風の当たり年だった2004年(平成16年)8月30日の台風16号と同年10月20日の台風23号くらいしか記憶にない。この時は庇が壊れたり、屋根瓦が数枚飛んだ。そして倉庫のシャッターがレールからはずれるくらいで大騒動した。

 今回、広島市では取材に出た中国新聞の記者が行方不明となっているが、一刻も早く無事が確認されるのが待たれる。

 私が在職中に同様の惨事に遭遇した。
 1980年(昭和55年)8月31日、新見支局長Hさん(当時51歳)が乗用車で豪雨被害取材に行く途中、土砂崩れに遭った。捜索活動は全職場から延べ700人を超す従業員が参加し、全社挙げての体制で連日続けられた。地元警察、消防関係、各官公署、地元民らも懸命の捜索活動に協力した。
 しかし残念ながら9月16日、遭難現場から1.5㎞下流の高梁川で遺体発見された。現場記者が取材中に殉職したのは初めてだった。当時の社内報8頁の半分をさいて捜索日誌と追悼文で埋められている。

 Hさんは尊い生命を賭して「記事は足で書く」という、取材の原点を教えてくれた。

コメント (6)
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