山古志村・種苧原

2012-06-03 09:20:59 | 国内旅行と山歩き
 新潟県の山古志村は町村合併で今は長岡市に編入されたから「山古志村」では無くなったけれど、 ここでは山古志村として置きます。 長岡市あるいは小千谷市方面からそこへ入る場合は如何にも山を越えて行く地域、だから「山こしと名付けられたか?」と思わないでもない。

 しかし先日の山菜採りのついでに訪れた時に使ったルートは只見線の越後広瀬駅付近から北上(正確には北北西)する国道352ルートでした。 それは幾つかトンネルを通過して緩い傾斜で登って行くと簡単に山古志村の主要な地区の一つであった種苧原(タネス原)の集落に到着します。 そこは標高400mほどの地帯に広がる傾斜の緩やかな地域で郵便局や農協などもある、山古志村の中心的な集落です。

 ところで、この安直なR352ルートでは山古志村の風景として紹介される棚田の眺めは期待出来ません、 それを期待するなら小千谷方面からの別ルートで入った方が良いでしょう。


 でもまあ、こんなに首が長くて消防ホースの接続口が上・下に2つもある豪雪地帯ならではの消防設備も見られるし、



 小千谷市、長岡市などを襲った新潟中越地震の痕跡を留める地滑り跡は幾つも目に入ります。 その露わになっている地滑り面は主要な地層をなす白い肌の中に黒っぽい何層もの筋が積み重なっているのが見え、 こんなのに興味がある人には見物対象になるでしょう。


 中越地震が発生して大きな被害を出した後、それを見物しようと小千谷方面から接近したけれど、道路は封鎖されていてだめ、それならば裏側からならどうだろうと、今回のR352からの接近を試みたけれど、途中の城山トンネルの入り口に赤い消防車が横置きして封鎖していたっけ。 そんな事を想い出しながらの何度目かの山古志村訪問でした。


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