小樽のパパの子育て日記

日々のできごとを徒然なるままに2006年から書いて18年目になりました。
ヤプログから2019年9月に引越し。

洞察視力

2017-07-19 04:34:33 | 図書館
図書館で借りた本。
印象深い一節を自分用メモとして。

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どんな小さなことでもいい 毎日何かしら発見をし、 「へえ、なるほどなあ」と感心して面白がって働くと、 努力も楽しみのほうに 組み込むことができるように思う。

 この向田邦子の言葉は、実をいうと、文章のことをいったものではないのです。女性が職業をもつ場合、義務感だけで働いていると、顔つきが険しくなる。楽しんでいないと態度にケンが出る。だから、楽しみながら働いたほうがいい、と向田は考えていました。冒頭の言葉は、いわば働く女性への忠告です。
小さなことでもいい。「へえ、なるほどなあ」と感心し、それを面白がって働いたほうが、心に余裕ができる。だから、一日に一つ、面白いことを見つけて、真剣半分、面白半分で働こう。この言葉は、向田が、自分自身にも言い聞かせているふしがあります。
 直接、文章に関連した言葉ではないけれど、この「日々、小さな発見をする」ということは、文章を書く上でも大切な心構えになると思うのですが、いかがでしょうか。
 向田は、「神は、細部に宿りたもう」という言葉を自分のエッセイでも引用していますが、細密なことに目を止め、それを描くことで、人生そのもの、世間そのものを描いてしまうという手法にすぐれた人でした。
 日々の暮らしの中からなにか小さなことを発見し、「へえ、なるほどなあ」と感心し、おもしろがり、そのことを文章にする。そんな習性が体にしみこんでいた人のようです。たとえば、スキー場の山小屋で会った犬の目のことを書いています。 
 劇的なことはありません。ただ、その犬が食事中の泊まり客のそばで、真剣な目で肉の切れ端をせがむというだけの話ですが、向田の筆にかかると、このできごとが、みごとな情景描写をともなって、心に残る話になります。
 その雑種犬は、ブタ汁の碗を手にした向田のそばに来て、のどをごくりと言わせながらすり寄ってくる。
「もうやろうかな、と思いました。でも私は、我慢してもう少し噛んでみました。彼は、体をやわらかく私のひざにもたせかけるようにして、もう一度クウとのどをならしました。その真っ黒い目は、必死に訴えていました。私は遂に負けて、肉を吐き出しました。こうして、私は三個ばかりの肉をみんな、彼にとられてしまいました。」
 結びはこうなる。
「生きるために全身全霊をこめて一片の肉をねらい、誰に習ったわけでもないのに全身で名演技をみせたあの犬の目を、私は時々思い出して、いま私は、あれほど真剣に生きているかな、と反省したりしているのです。」
 山小屋で、犬の目を見たとき「これは書ける」と思ったかどうかは知りません。しかし少なくとも、その犬の、必死に訴える黒い目を見ているうちに、ひらめくものがあったのでしょう。「小さな発見」です。その目が語りかけるものを、しさいに観察し、その様子を胸のポケットにきちんとしまいこんだことは確かです。
 「ゆでたまご」という作品があります。四百字の原稿用紙で三枚ほどのごく短いものですが、この小品で、向田邦子は「愛のかたち」をみごとにとらえています。
 小学校の同級生に片足の悪い女の子がいました。その子は片目も不自由でした。遠足のとき、級長だった少女・邦子のところに、その子のお母さんが風呂敷包みをさしだすのです。「これみんなで」と小声で繰り返しながら押しつけていった。ねずみ色の汚れた風呂敷でした。なかに、古新聞で包まれた大量のゆでたまごがありました。足の悪い自分の子は、遠足の道すがら、さぞみんなに迷惑をかけることだろう。「お世話になります」という気持ちのこもったゆでたまごだったのです。そういう母親の姿を、小学生の邦子はしかと見つめています。
 同じ子が運動会で走りました。残念ながら一人だけ取り残されます。その子が走るのをやめようとしたとき、女の先生が飛び出し、一緒に走り出したのです。やっとゴールインした子を抱きかかえるようにして校長のいる天幕のところに連れていってやる。ほうびの鉛筆が手渡されます。その光景を、少女・邦子はやはりしかと見守っていたのです。
 才能にあふれたシナリオライターは、日々、心のポケットに、その日の「小さな発見」をしまいこみ、それらを大切に貯めていたのでしょう。生活の瑣事に強い好奇心をもち、瑣事のなかに人生の宝物を見つけることの天才でした。
 その底にあるのは、本質を見る目の深さです。遠くを見る力をもった人がいます。野球選手のイチローのように、動体視力に秀でた人もいます。向田邦子のように、ものごとの本質を深いところでとらえる視力のことをなんといったらいいのか、作家や詩人には、そういう深い洞察視力をもった人が多いようです。
 文章を書く上で、この洞察視力は実に大事だ思いますし、この視力は、きたえればきたえるほど強まってゆくものだといえるでしょう。
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瑣事のなかに人生の宝物を見つける。
「小さな発見」を日々意識している自分にとっては、エールを送ってもらっているような、胸にストンと落ちる内容であった。
本質をとらえる目は、50近いこのオヤジでもまだまだ鍛えることができる。
日々精進だ。





オススメの一冊。