オズマの部屋 -バス釣り・政治経済・クルマ等-

「バス釣り日記」が主題。色々な話題を中年オヤジが持論で展開。「真実は孤独なり」を痛感する日々。

【自叙伝的漫画】「人は体験したことしか書けない」(梶原一騎談)に共感する。

2024年01月12日 00時00分00秒 | オズマの読書感想文

 自叙伝的漫画でおそらく国民的支持を集めているのは『ちびまる子ちゃん』だろう。小学生の思い出に脚色やら演出が入っての「アニメ」が支持されたのがたしか1990年。すでに34年もの月日が経過した。

 僕には自叙伝が書けない。なぜかというと子供の頃の記憶は断片的なのだ。間違ってもストーリー性などない。

 そんなときに思い出すのは梶原一騎の言葉で「人は体験したものしか書けない」である。

 矢口高雄の自叙伝的漫画として『おらが村』を読むと,実に険しく・優しい自然が生き生きと描かれている。矢口先生曰くデビューして数年後の作品だという(つまり,『釣りキチ三平』と併行しての作品のはず)が,モデル達や方言が実に「誠実」ですらある

 昭和40年代といえば,地方と都会に明確な格差があった時代。インターネットなどあるわけもない。情報格差も多分にあった。覚えているレベルでは,母の田舎(茨城県,当時は町だったがバスすらない)に行くと「UHFしか映らない」だ。『巨人の星』再放送をカラーで観た記憶があるが,ゴーストがすごかった記憶もある。

 東村アキコ描く1985年は,僕にとっては高校生の時代。だが,やはり地方と東京では格差があったろうし,僕にとっての高校生活は正直ブラックだった。

 いまでこそ「自転車乗りは健康なスポーツ」だが,当時はネクラと言われていた。釣りをたまにやるのもネクラ。そんな「価値観」に多様性など認めない時代だったのではないか

 ただ,子供の頃に「釣り場地図帳(しかも電車か自転車でも行けそうな場所が収録してある)」を買ってくれた父とそのときのアドバイスはいまでも役立っている。曰く「釣行記をつけてみると後々面白いかも」ということだった。実際,1982年12月31日に,とある用水路で爆釣した記録が残っているし,その水路に1983年の夏に行くと友人の自転車がパンクして彼の復路が大変だった話も書いてある。

 そんなこともあり,自分が大昔の釣行を明確に書けるのは「釣行記」が残っているからなのだ。

 そこへ行くと,漫画家たる人々はよくまあ大昔のことを明確に記憶しているなと感嘆する。

 そしてまた蔵書が増えてしまった。ホント,蔵書もそろそろ限界であるが,捨てられるのは10冊ぐらいしか見当がつかない

 オトナになってマンガをホイホイ購入することができるようになったが,蔵書に苦労することを小学生の自分は知る由もなかった


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