イェーテボリにあるカメラ会社ハッセルブラッドについての経済記事を読んだ。現在全従業員70名の企業である。三年前には300人規模であったので、その終焉を迎えようとしている。創業者の死の直前の1984年に上場されて以後、大株主は転々としてその低落ぶりは激しい。現在は香港に進出した中華のシュリロ社がオーナーである。
これは知る人ぞ知るカメラで、ニール・アームストロング船長らが1969年に月面の無重力の世界で写した最初のカメラである。創業者は1948年になって始めて世に自らのカメラを送り出した。その歴史だけでも欧州では破天荒である。趣味で鳥を撮影し続けた裕福なヴィクトール・ハッセルブラッドは、先の大戦中に墜落したドイツ軍の偵察撮影カメラを見て「これならもっと良い物が出来る」と思ったらしい。
鳥と言えば全く話は変わるが、先日話題とした宮廷薬剤師ノイブロナー博士は、鳩に付ける小型カメラの発明者である。第一次世界大戦までは、敵軍の視察に伝書鳩とこの小型カメラが利用された。
さてハッセルブラット社は、当然ながら新参者として市場定着はなかなか容易で無かったようだが、そのカール・ツァイスのレンズを使った品質だけで無く、広告活動も功を奏した。何時しか、それは世界中のプロカメラマンや愛好者にとっては伝説となった。
それでも、昨今のデジタルカメラへの変換に乗り遅れたと言われ、三千二百万ユーロ売り上げに対して、二千六百万ユーロの損失を計上している。二月に新登場した唯一の特産デジタルカメラに一万一千九百ユーロの価格をつけていると言うから可笑しい。万が一、世界市場で二千個売れれば年間売り上げに迫る勢いである。
このような状況は決して他人事と笑って居られないのが現実であって、小型カメラの創始者名門ライカ社も昨年度の決算はその資産を処分したに関わらず大赤字で、企業の歴史は最終段階に入っている。こちらは、未だ世界で数千人の従業員を抱えているが、デジタルカメラ参入は寧ろ厖大な赤字を齎したのではなかろうか。数年前にラーン川沿いの本社を訪れたが、その時は「名門の姿を保っている」と強く感じた。その半面、デジタルカメラなどは如何見ても競争力が無く、難しい現実を垣間見た。
反射鏡を持たないMシリーズのシャッター音の静かさやその偉大な伝統には、今でも頭が下がる。しかし、その後の日本の後発メーカーによる追撃は甚だしく、伝統部門だけに依らずキャノン社との格差は天文学的となった。訪問者の座談会での質問に答えて、「日本のカメラは、戦後もコピーした詰まらないそれだけの物であったが、段々と良くなって、何時の間にかコピーでは無くなった。」と言うような回答が二十一世紀にもその様な世界的な企業の一室で聞かれるような状況と言えば全てが分かるだろうか。その様に、三十年ほど前に活動を停止して仕舞ったような企業なのであり、優秀な従業員も年金と共に会社を去って行くだけなのだろう。
素晴らしいアイデアや独創性、資産や伝統が、安易な資金調達によって企業体質はブクブクと拡大されて、それは恰もエキノコックスに一度入られた体の様に、虫食いに蝕まれて行く姿は見るに堪えない。
参照:時計仕掛けのオイスター [テクニック] / 2005-06-04
これは知る人ぞ知るカメラで、ニール・アームストロング船長らが1969年に月面の無重力の世界で写した最初のカメラである。創業者は1948年になって始めて世に自らのカメラを送り出した。その歴史だけでも欧州では破天荒である。趣味で鳥を撮影し続けた裕福なヴィクトール・ハッセルブラッドは、先の大戦中に墜落したドイツ軍の偵察撮影カメラを見て「これならもっと良い物が出来る」と思ったらしい。
鳥と言えば全く話は変わるが、先日話題とした宮廷薬剤師ノイブロナー博士は、鳩に付ける小型カメラの発明者である。第一次世界大戦までは、敵軍の視察に伝書鳩とこの小型カメラが利用された。
さてハッセルブラット社は、当然ながら新参者として市場定着はなかなか容易で無かったようだが、そのカール・ツァイスのレンズを使った品質だけで無く、広告活動も功を奏した。何時しか、それは世界中のプロカメラマンや愛好者にとっては伝説となった。
それでも、昨今のデジタルカメラへの変換に乗り遅れたと言われ、三千二百万ユーロ売り上げに対して、二千六百万ユーロの損失を計上している。二月に新登場した唯一の特産デジタルカメラに一万一千九百ユーロの価格をつけていると言うから可笑しい。万が一、世界市場で二千個売れれば年間売り上げに迫る勢いである。
このような状況は決して他人事と笑って居られないのが現実であって、小型カメラの創始者名門ライカ社も昨年度の決算はその資産を処分したに関わらず大赤字で、企業の歴史は最終段階に入っている。こちらは、未だ世界で数千人の従業員を抱えているが、デジタルカメラ参入は寧ろ厖大な赤字を齎したのではなかろうか。数年前にラーン川沿いの本社を訪れたが、その時は「名門の姿を保っている」と強く感じた。その半面、デジタルカメラなどは如何見ても競争力が無く、難しい現実を垣間見た。
反射鏡を持たないMシリーズのシャッター音の静かさやその偉大な伝統には、今でも頭が下がる。しかし、その後の日本の後発メーカーによる追撃は甚だしく、伝統部門だけに依らずキャノン社との格差は天文学的となった。訪問者の座談会での質問に答えて、「日本のカメラは、戦後もコピーした詰まらないそれだけの物であったが、段々と良くなって、何時の間にかコピーでは無くなった。」と言うような回答が二十一世紀にもその様な世界的な企業の一室で聞かれるような状況と言えば全てが分かるだろうか。その様に、三十年ほど前に活動を停止して仕舞ったような企業なのであり、優秀な従業員も年金と共に会社を去って行くだけなのだろう。
素晴らしいアイデアや独創性、資産や伝統が、安易な資金調達によって企業体質はブクブクと拡大されて、それは恰もエキノコックスに一度入られた体の様に、虫食いに蝕まれて行く姿は見るに堪えない。
参照:時計仕掛けのオイスター [テクニック] / 2005-06-04