Wein, Weib und Gesang

ワイン、女 そして歌、此れを愛しまない輩は、一生涯馬鹿者であり続ける。マルティン・ルター(1483-1546)

ドイツ語単語の履修義務

2007-07-16 | 
週間のニュースで最も気になったのは、外国人同化法案とトルコ人へのベルリン政府のアプローチであった。

国内問題でありながら、内務大臣ショイブレがトルコ大使と極秘裏に会見するなど、なかなか複雑な問題である。

ドイツ内トルコ人団体のメルケル首相主宰会議への土壇場の参加拒否と抗議行動、またショイブレの常軌を逸した反テロ規制強化へのケーラー大統領の苦言や、先日来話題のケルンでのモスク建設問題などが尽く絡んでいる。

しかし基本にあるのは、トルコ人労働者の末裔が祖国から引き入れる女や家族の処置であって、彼らもドイツ人として教育を受け社会に取り込まれていくことの重要性である。今回の法案は、国内に女性を見つけず祖国から妻を迎えるならば、入国時に二三百語のドイツ語の単語を知っていなければいけないと言うレベルのものである。しかし、国籍ドイツ人が未青年のトルコ人妻を迎える際にも、これが適用されるので差別だと訴え、プロテスタント教会も憲法判断を求めている。

ベルリンの町ノイケルンは最終失業保険を受ける数が全国内の三割にも上り、その中の四分の一が外国人となると、放ってはおけない。一番避けなければならないのは、これらのトルコ人コロニーがスラム化して更にゲットー的な隔離を見る事で、ユダヤ人社会の近過去の悲惨な歴史があり、さらに排斥へと繋がる潜在的危険である。

事情は異なるかも知れないが、植民地経営で朝鮮人が日本に定住した過程においては、そもそもの文化的な近似 ― それが経営の根幹であった筈だ ― から起きないような問題である。国籍条項に関しては、選挙権などの制限を認めればそれはそれで構わないと思われるが、共通の言葉をもたないだけでなく、自立の無い女性の居座る蛸部屋や家庭内暴力は許されない。そのような家庭から、将来に期待出来る世代の教育は生まれない。

その職業教育の一貫として、国籍に応じた職業教育の援助は面白い。トルコ人にはトルコ風呂修行、中国人には針医者や、日本人には三助、タイ人にはマッサージ教育だろうか?ベトナム人にはスシ職人教育、ポーランド人には掃除清掃や左官屋だろうか?社会に役立つ外国人教育が考察される。

冗談はさて置いて、言語の問題は同化の根本にあるのは間違いなく、これは宗教やその他の風習とはまた異なるものである。家庭で外国語だけを使っているようではまともな教育の可能性も無いが、双方ともが外国人の場合はまともな多国語家庭とはならない。

しかし、実はその言語を使わなくなることで、従来の文化も消え失せる可能性は大きい。ドイツ語を使うだけの家庭で従来の宗教や風習を護るのは難しい。ユダヤ社会のドイツ語のような言語が出来上がるのだろうか。兎に角、来年度予算から毎年七億五千万ユーロの予算が外国人同化のために組まれる。
コメント (4)
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