Wein, Weib und Gesang

ワイン、女 そして歌、此れを愛しまない輩は、一生涯馬鹿者であり続ける。マルティン・ルター(1483-1546)

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どこが面白いかと言います

2019-02-28 | 歴史・時事
天才漫談家林家三平のことを思い出した。先代か先々代かは知らないが初代と呼ばれるらしい。先月日本からの放送でハンス・ロットの交響曲演奏を聞いて思い出した。その後のネットでの評判を見ていると肝心のことを誰も書いていないことに気が付いたからだ。要するに、頭の上に手を当てて、「こうやったら笑ってください」と同じようにそれを解説している節が無いからだ。

ハンス・ロットの何が面白いか、それはパロディーとか元歌取りいう概念を通してしか通じない話として「このネタのどこがおもしろいかと言いますと」と、それを説明しなければいけないのだ。それを誰もしていないように思える。勿論出版屋さんからの資料を旅路の飛行機で目を通しながら珍しい曲を探しているような指揮者はそれを言わない。それをするのが評論家や音楽ジャーナリストと呼ばれるような人の仕事である。

既に結論は述べているが、具体的にロットの曲を今誰が見てもブラームスか誰かのように突き返して、出版屋が相手にしないのはそれは変わらない。それでも演奏する価値があるのは、グスタフ・マーラーがいて、アイヴスのような作曲家とその作品が知られるようになっているからだ。

パロディー云々で話題になるのがその時制的な前後関係だろうが、そんなことはお構いないことは少しでも科学的にものを考えれば分かるのである。我々今その曲が演奏される今日の視座からそのロットの作曲された時点を振り返れば、もはや途中で起こったマーラーやアイヴスの創造の痕跡無しには評価できないということである。これが歴史というものであって、修正主義論者のような第一次資料云々とはまた別な現実である。

つまりマーラーやアイヴスを通してしかそのロットの「駄作」が評価されるしか他にはないということである。そしてそれがもう一度俯瞰した歴史認識に繋がるところが味噌である。こうしたクラシックと呼ばれるような芸術を論じていて、時間の感覚や歴史的な意味を感じさせないような論評などは全く意味が無い。故人の吉田秀和や小林秀雄に一緒にどこかへ持って行ってもらうものだったのだ。如何に日本人がそうした未来永劫の時制の無い世界観を持っているかに相似している。

丸山真男が書くように政治学で言えば「プティングの味は食べてみなければわからない」状況と同じく、「革命」をやってみた後ではその前の状況で「創造」するのとは変わっていて、歴史は不可逆な時制の中で流れているので、戻った時点の視座では考えることが出来ないという原則がここにも当てはまる。

ここで三平さんはおでこにげんこつを当てる。評論とか何とか大袈裟なことではなく、ジャーナリストであればこのようなことは一時限目で学ぶことではないのだろうか?要するになんら教育を受けないでも、ごく普通の世界観を持っていれば誰でも分かることなのである。
【林家三平伝説】寄席に遅れて来た客をも笑いに

Hans Liberg - Toccate und Fuge in d-Moll für Orgel auf Klavier in Hamburg

林家三平(初代):四天王を斬る


参照:
市民を犠牲にやってみた 2008-09-01 | SNS・BLOG研究
美しい世界のようなもの 2016-03-28 | 音
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