Wein, Weib und Gesang

ワイン、女 そして歌、此れを愛しまない輩は、一生涯馬鹿者であり続ける。マルティン・ルター(1483-1546)

難民の是非を問わない

2019-10-28 | 文化一般
承前)経済難民、モグラたたきの様に続々と押し寄せる、難民と称する、豊かさを求めてやってくる人の波。フランクフルトの「マノンレスコー」の主役はアルメニアからやってくる。主役のアスミク・グリゴーリアンの父親の故郷である。

彼女がインタヴューで答えていた。マノンには共感を覚え辛かったが、今回大分分かって来たと、つまり今回の演出のように、自分自身も来週にはその辺りをふらついているかもしれないと。もしそういう事であればこの演出がとても成功したことになる。

プッチーニに限らないがヴェリズモオペラとなると、あまりにその舞台が身近過ぎて、演じる方のみでなくて観ている方も身近故にどうしてもそのドラマ性に違和感が生じることが少なくない。20世紀後半になって一世を風靡したTVドラマ文化におけるメロドラマ仕掛け同様のものが、どうしても中々舞台に入れ込めない要素となっているのだろう。

マノンの行動自体は、こちらは演じ手ではないので、まあそうだろうな程度の聴衆として三幕まで見てきて、最終幕の砂漠の中での死へと向かうとどうしても非日常感が漂うのだが、今回の演出ではそこまですんなりと行ったのではなかろうか。原作ではルアールから流されたルイジアナの砂漠となるが、勿論ここでは強制送還となって、三幕では檻の中に入れられている。

この背景には、我々が日常に見聞きするニュースに於いて、その舞台以上に非日常な、例えばEU内の身近なところで冷凍車の中で何人もの死体が見つかるとかの現実に晒されているからである。まさしくリアルなヴェリズモの世界である。そうした環境の中で、今回のアスミク・グリゴールの歌唱力と存在感で以って、マノンが身近にリアルに演じられるとなると、私たちが感じるプッチーニの音楽とその劇場空間が最早作り事だけではなくなるのである。しかしそれにも拘らずである。

新聞批評では、この演出はリベラルな聴衆にグッドフィーリングのみで嫌な感じを与えないが、同時代への認識を作品に持ち込み、強い印象を残したに違いないと纏めている。この点がこの新制作の成功だと思う。プッチーニに於いて政治的にイデオロギーを主張をしても始まらないからだ。

今回の稀有な歌手のその歌唱と存在感、その役作りによって、歌手本人だけでなくて聴衆も様々な思いを仮想体験した。公立の劇場のそれもオペラのジャンルに於いてこれ以上に求めるところはなかろう。非日常的ながら身近に起こり得ることを劇場体験することが出来たならこの制作の勝利である。(終わり)



参照:
「ポジティヴな難民」の意味 2019-10-23 | マスメディア批評
メディア賞ならずショー 2019-10-18 | マスメディア批評
コメント
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