Wein, Weib und Gesang

ワイン、女 そして歌、此れを愛しまない輩は、一生涯馬鹿者であり続ける。マルティン・ルター(1483-1546)

マリオネット化された啓蒙

2020-08-23 | 
懲りもせずに「コシファンテュッテ」の再放送を聴いた。今回は高品質MP3でというのもあったのだが、演出家と指揮者の話しが聴けた。特に指揮者のマルヴィッツのそれが良かった。この人は、指揮者としては結構感覚的な話し方もするのだが、その内容はいつも内容がある。話しが上手な指揮者だ。ドイツ語を母国語とする指揮者は少ないが、最近耳にする中ではトーマス・ザンデルリンクや元祖ティーレマンなどが馴染みのある中で、両者とも寝ぼけたような戯言に近いので話しが面白くない。その中では断然話しが巧い。移民のペトレンコなどと比較して語彙としてはとても大雑把感じがするのだが、少なくとも個人的には考えていることがよく分かる。恐らく素人玄人両方に語り掛ける内容を何時も語っている。

そして今回はここでも書いた「最初のスタートダッシュ」について奇しくも詳しく語っている。私が言及したのは公演の特殊事情やら劇場感覚として身に付いた判断力だと思ったが、それを作品のドラマテュルギ―としての音楽内容から、なによりもテムピ設定に重きを置いていたことが明らかにされた。

つまり序曲から一幕へと走ったのは、そもそもその後の事件が起こる前の屈託のない日常であって、その後の早いナムバーと遅いナムバー若しくは小節内で変わる変化にモーツァルトの意思が活きているというのである。「流れていれば何も起きない」と、コロナ以前と後を想起させてくれる。この指揮者が音楽の流れとその変遷にとても気を遣うのは知っているのだが、まさしくこの作品に最もその境界が激しく露出しているというのは本当だろう。
100 Jahre Salzburger Festspiele | Così fan tutte


実は番組の余白に歴史的演奏であるベーム博士傘寿のお祝い公演から「気になるところ」が抜粋で流された。今回の公演をして評論家によってはアーノンクール指揮の公演以来としていたが、私はベーム指揮と比較すべきだと考えていた。あらためて同じ放送から聴こえるのは、ベーム指揮のそれは和声の移り変わりが、外から内へと管弦楽の中でも歌のオブリガートを交えての音楽美となっていて、これまた奇しくも今晩同じく余白で流されるジュピター交響曲の美とも通じる。

興味深いのは、其処で歌うペーター・シュライヤーのフェルディナントの軌道を外れそうになる事などで、この歌手が初期にはポストを得るのに苦労したその人間性もよく表れる。今回は同じ意味ではエルサ・ドライシークが特に最初は若干攻める印象があったのだが、決して脱線までとはならなかった。上手く嵌るようになったのは二幕以降だ。

その背景に、マルヴィッツの言うダポンテ劇へのドラマテユルギーの音楽、モーツァルトの天才が見え隠れする訳で、最初に走ってしまって「何も起きない」のがこのドラマジョコーソの本質となる。確かムーティなどはそれをレティタティーヴォを含めたドラマとして描いていたと思うが、ここではその作品成立まで遡ってモーツァルトの意思に迫ることになる。

まさしくその移り変わりにこそ作曲家の心情が浮かび上がる。その点でベーム博士のあまりにも音楽的に粋を尽くして、まさしく吉田秀和が書いたようにドレミの音でこのような深い心情が描かれる事への畏敬へと繋がるのだ。それはそれで素晴らしい事なのだが、更に提示される「一体、悲しいのか嬉しいのか分からない」と「魔笛」をして涙する吉田は明らかに音楽の観念に雁字搦めとなる。

これまた演出のクリストフ・ロイが語る「マリオネット化」の危機こそが、十代の時からとても気になっていた古典オペラの舞台上演の事象であって、番組でも言及されていた本来上演されるべき中劇場でのレンネルト演出にも付き纏わっていたものでは無いか。

今回の縮小に関しての話しでも、モーツァルトの創作の過程をみればそうした観念的な音楽が創造されたよりも、もう少し肉体性を伴った創作であることは他の管弦楽器楽曲を見ても合点が行く筈だ。それどころかこの作品は19世紀の啓蒙主義からすれば不完全で外れたものであったのも当然で、こうして21世紀から眺めるとやはり紛れもない啓蒙の芸術である。古楽器演奏実践とかそうしたものの本質はどうしてもそこへと導かれるものでしかない。

涼しくなった。この夏のミルカの新製品にはライスが入っている。ライスこそは清涼感のある穀物の代表である。これはとても成功した新製品で少なくとも夏は残ると思う。



参照:
表情のヴィヴラート 2020-08-16 | 女
覚醒させられるところ 2019-01-22 | 文化一般
ああ無常の心の距離感 2020-08-04 | 女
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする