Wein, Weib und Gesang

ワイン、女 そして歌、此れを愛しまない輩は、一生涯馬鹿者であり続ける。マルティン・ルター(1483-1546)

Hero In Progress

2023-11-17 | 
承前)木曜日には日本公演二夜目の名古屋で初めて夏のツアーのプログラムが演奏される。嘗てなかったようなレーガ―曲の演奏と共にカラヤンが得意とした「英雄の生涯」が演奏される。前者については語ることは沢山あるのだが、後者について一先ずこれで纏めておきたい。

特に先週フランクフルトで聴いた演奏は、その音楽的な不協和音のエッジの激しさとしても前年にそこで演奏されたマーラーの交響曲七番にも匹敵するところがあり、夏のツアーでは得られなかった音響で来年の復活祭の楽劇「エレクトラ」への碑ともなっていた。更に弦楽的なヴィヴラートの扱い方などは既述したように明るさによって際立つような奏法が徹底していた。それだけでもそこからの透明性は瞠目する効果であるのだが、楽曲全体としてのつまり純音楽的な全体的な印象がどれほど纏まっていたかという疑問が演奏会評等でも投げかけられていた。夏のツアーでは明らかに英雄の伴侶である作曲家の奥さんのパウリーネがヴァイオリンソロとしてとても大きな位置を占めていた交響詩的な語りに勝る印象が得られなかったとなる。

フランクフルト壮行公演前のフランクフルターアルゲマイネ紙へのメディア担当の第二ヴァイオリンのフィリップ・ボ―ネンのインタヴューを振り返ると、元々ベートーヴェンの英雄交響曲のナポレオン像から導かれた変ホ長調の曲でありながら、初演後にフィナーレを書き換えたというように、「最後にどのような英雄がそこにいるのか」は発展途上で分からないとしている。

そして長い期間を掛けてこの曲を演奏するようにとのアイデアはペトレンコから出たものであったと語っている。そこでは既にアジアンツアーの為の練習が始まっているとあるのだが、フランクフルトで誰がソロを受け持つのかまだ決まっていないと語っている。しかし当夜のプログラムには既にダイシンと印刷されていた。

そして、ジルフェスタ―コンツェルトでは、「タンホイザー」と「ヴァルキューレ」からが演奏されるが、今日の社会では「弱みを認めるということだけで、それはもう英雄的な行為ではないか。」と話される。

正直復活祭の二回の演奏では新しいコンツェルトマイスタリンには不満があり、その成果を期待していた夏のツアーでは明らかに新たに「英雄の影に女あり」が描かれて、纏まった幸福な気持ちを得られた。引用されるツァラストラ的な超人の姿にやはりそのトラムペットの三つの響きも今回もとてもマルカートではなかったが、最終的には自然の彼方への視座を得る。

なるほど楽員にとっても全く飽きがこないと語られる「英雄の生涯」と「モーツァルトの主題による変奏曲」のプログラムの最終的な姿は、そこでライヴで接してみないと、流石の私にも想像がつかない。なぜならばこうしたワーキングインプログレスの演奏実践どころか、コンツェルトマイスターがここにきて交代するようなことも今迄に無かったからだ。一体名古屋で何が語られるのか、とても楽しみである。まさにこれは超人の歩みではないのか。(続く)



参照:
Jedes Mal ein anderer Held, AXEL ZIBULSKI, FAZ vom 6.11.2023
11月に明らかになる価値 2023-08-27 | 音
彫塑の必要な若者様式 2023-04-17 | 音
コメント (2)
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