『Just Beause !』より
受験シーズンになると観たくなる『Just Because!』
観ると聖地巡礼に行きたくなります。
3回目の聖地巡礼は、妻を伴って江の島観光を兼ねて計画しました。
『Just Beause !』より
受験シーズンになると観たくなる『Just Because!』
観ると聖地巡礼に行きたくなります。
3回目の聖地巡礼は、妻を伴って江の島観光を兼ねて計画しました。
『Just Because!』より
■ 今年も受験シーズンに雪が降る ■
2月に入ると「南岸低気圧」によって、太平洋側にも雪が降ります。今年も2月10日に東京でも雪が降りました。2月の雪で問題になるのが受験。今回も都内の私立高校の受験日と雪が重なり、ヒヤヒヤした受験生も大勢いらしたと思います。そんな困った風物詩のニュースを聞くと観たくなるアニメがあります。2017年に放送されたアニメ『Just Because!』です。
大学受験を控えた高校3年生の3学期の期間だけを描いた群像劇ですが、「高校3年の3学期」という、独特な空気感の中で展開する物語は、何度観ても心の奥にチクリとした疼きを覚えます。丁寧に丁寧にシーンやカットを積み上げて作られた「実写作品」に近い肌合いのこの作品を、故高畑勲氏が観たらどう評価するか気になる作品でもあります。
■ 「音楽と映像のシンクロ」ではアニメ史上No1のシーン ■
中学時代に神奈川から福岡に転校した泉瑛太は、高校3年の3学期に再び神奈川に戻って来ます。3カ月間だけ通う高校には、中学時代の野球部の親友の相馬陽斗と、中学の同級生だった夏目美緒が通っています。瑛太は美緒に密かに恋していた・・。グラウンドで再会した瑛太に、陽斗はいきなり野球対決を挑みます。意味不明なままピッチャーを引き受ける瑛太。そんな二人を、校舎から見守る美緒・・「何で今頃帰って来るのよ・・」と困惑を隠せません。美緒の陽斗への思いを瑛太が知っていたからです。
転校以来、野球から遠ざかっていた瑛太ですが、彼の球はなかなか速い。そんな対決を吹奏楽部の森川葉月が渡り廊下から眺めています。そして、応援歌のフレーズをトランペットで吹き始める。近くに居た後輩達がそれに合わせると、校舎内の部員達もだんだんと合奏に加わって行きます。陽斗と瑛太の対決は、甲子園予選の様相を呈し、そして陽斗の打球はフェンスを大きく超えて行く。
そんな二人の対決を必死でカメラに収めたのは写真部2年の小宮恵那。廃部寸前の写真部存続の為に、コンテストに出展する作品の素材を捜していた彼女は、最高の一瞬をカメラに収めたと確信します。
そんな、様々な人の視線など知らずに、ホームランを打った陽斗は、校舎に向けて走り出します。彼は野球対決にある「願掛け」をしていたのです。ホームランを打ったら、吹奏楽部の森川葉月に告白するという。
ほぼ1話のストーリーを書いてしまいましたが、この野球対決のシーンは、『涼宮ハルヒの憂鬱』の26話の「ライブアライブ」と、『坂道のアポロン』の7話の学園祭シーンに匹敵する、音楽と映像がシンクロした日本アニメ史上屈指の名シーンだと私は確信しています。いえ、むしろ演奏がメインで無いシーンでこの演出は、No1と言っても過言では無い。
■ 珠玉の青春群像劇 ■
『Just Because!』は瑛太が転校して来てから、卒業するまでの3カ月を描いた作品です。
ホームランを放った後、学校の玄関で葉月に追い付いた陽斗は、告白するハズが、テンパッテしまい口から出た言葉が「明日ヒマ?俺はヒマなんだけど、水族館に行きませんか?」という間の抜けたもの。さらに、その場に居合わせた瑛太と美緒も誘ってしまうテイタラク。そして、そこにやって来た葉月の親友の乾 依子までがメンバーに加わってしまう。こうして、殆ど繋がりの無いメンバー5人で水族館に行く事に。
美緒は中学時代からずっと陽斗に思いを寄せながら告白出来ずに居ます。そんな美緒の心を瑛太は中学時代から知っていますが、瑛太は美緒の事が密かに好き。そして陽斗は葉月に告白・・・オイオイ、どうするんだ、この複雑な片思いのパズルは解けるのか?
中学で同級生だった瑛太・陽斗・美緒というグループに、親友同士の葉月と依子という組み合わせだが、実は同じクラスでありながら、葉月と美緒にはほとんど交流が無かった。生徒会長を務め、派手めな女子と付き合いのある美緒と、控えめな性格でクラスでも影の薄い葉月には接点が無い。そんな陽斗を巡る女子二人の関係が、やがて信頼関係に変わって行くのもこの作品の見所の一つです。
■ 依子の気持ちを見逃すべからず ■
水族館で知り合いになった5人は、LINEでグループを作り、なんだかんだと友交を深めて行きます。この関係で依子の果たす役割はとても大きい。快活な彼女は、消極的な葉月と新に知り合いになった3人の仲を取り持って行きます。特に葉月に告白した陽斗をサポートします。
相馬の気持ちに気付いている依子は「葉月は好きな人いる?」と聞く。中学時代から友人だった二人の間では、どうやらこの手の会話はあまりなかったらしい。葉月は「依子は好きな人いるんだ?」と聞く。すると彼女は「まあ、私も女子だし」とはにかんで答える。「私の知っている人?」「そうかも・・・」と顔を赤らめる。
「依子ちゃんは葉月ちゃんがすきなんじゃねぇ?」ってユリ展開を期待したアナタ・・・アニメの観過ぎです。(最初は私もそう勘違いしましたが)。何回か見返して、おじさん、ピンと来ちゃいましたよ!!「依子ちゃんは陽斗君の事が大好きです!」
依子は葉月と陽斗を積極的にくっ付けようとしていますが、葉月の事よりも陽斗の方を良く観察しています。いえ、陽斗の感情を一番理解していると言っても過言では無い。陸上で推薦入学が決まる様な依子が、野球部の主軸で陽気な陽斗に恋心を抱くのは自然な流れとも言えます。一方で、葉月は依子にとっては生涯の親友と言える存在。
依子の恋は多分実らないと彼女自身が気付いています。それは陽斗が葉月に告白する前から。観察力のある依子は、陽斗の心が自分には全く向いていない事に気付いていたハズです。もしかすると陽斗が葉月に密かに思いを寄せている事すら察していた可能性もある。だから彼女は、葉月に告白した陽斗をサポートする事で、自分に恋心にケリを付けた。
私がこの作品を評価するのは、頼子の気持ちを作中では具体的に全く描いていない点です。普通ならば依子の気持ちを視聴者に気付かせる演出をしてしまいますが、それが一切無い。「気付く人だけ気付いてね・・・」という抑制があるからこそ、依子の親友や、新しく知り合った美緒や瑛太への気遣いがジワ~~と効くのです。これこそが「文学的抑制」です。
■ 「文学的抑制」の美学 ■
「文学的抑制の美学」がこの作品にはオープニングシーンから、ラストシーンまで徹底して貫かれています。ここで言う「文学的」とは『四畳半神話大系』を始めとする森見登美彦作品群とは真逆のベクトルを示します。「書かない事の美学」と言っても良い。(鴨志田一の脚本は素晴らしい)
主人公の瑛太は、無口で自分の事を多くは語りませんし、本心も滅多に言わない。ただ、濁した言葉や、飲み込んだ言葉が彼の気持ちを雄弁に物語る。美緒も高校生の女子としては言葉を選ぶタイプです。葉月に至っては、言葉に全く嘘が無い。故に彼女は自分に確信の無い事を一切言いません。依子も多弁に見えて、飲み込むべき言葉を良く弁えています。彼らが語らないが故に、そして言葉を飲み込むが故に、彼らの気持ちは画面からヒシヒシと視聴者に伝わてくる。
■ 「映像に語らせる」美学 ■
さらに輪を掛けて「映像に語らせる美学」も貫かれています。例えば瑛太と写真部の後輩の小宮が絡むシーンの後ろには、老婆が居るシーンが度々あります。道端であったり、本屋の中であったり。この老婆、実は陽斗の祖母なのですが、陽斗は祖母の口から瑛太と小宮の動向を家で聞いている。しかし、そのシーンはカットされ、瑛太との会話の中で「お前小宮と〇〇なんだって」と持ち出されます。「ばーちゃんが見てた」と。これも映像作品だからこそ出来る演出です。文章にしてしまうと「そんな瑛太と小宮の姿をも守る一人の視線があった。瑛太の祖母が見ていたのだ」・・・となってしまい興ざめになってしまいます。
「映像に語らせる美学」はこの他にも「風景に語らせる」という手法も多様されます。明日受験という晩、美緒は窓を開けて瑛太の家の方を見つめます。そして同じ時、瑛太も美緒の家の方角を見ている。小さく写るお互いの家の窓明かりのロングカットが、二人の視線そして二人の気持ちです。もう痺れます。
「風景に語らせる」と言う点では、この作品は教科書と言っても過言では無い。坂道や階段のアップダウンを使った演出も素晴らしいが、湘南モノレールの使い方が実に上手い。(バスや電車も含め)。シーンに切り替わにモノレールが登場する事が多いのですが、懸垂式モノレールが画面の上を横切って行く光景は、千葉市と湘南モノレール沿線にしか無い唯一無二のものです。これが挿入される事で、「他の何処でも無い場所」が確定され、その場所で今を生きる高校生達の息遣いにリアリティーが加わります。
■ 「音に語らせる」美学 ■
「音に語らせる」シーンも多々あります。写真部の小宮がバレンタインの夜に瑛太に会うシーン。モノレールの駅のホームで小宮は瑛太に実らぬ恋の告白をします。そしてカメラがロングに切り替わり「ガッタン」と言う機械音がホームに響く。実はこれ、モノレールのポイント切り替えの音なんです。普通の電車なら、構内放送や発車ベルが使われたりするシーンですが、「ガッタン」という音がモノレールという唯一無二の空間を作り出す。知らない人には皆目分からないシーンではありますが、シリーズ構成で全話で脚本を書いている鴨志田一は、この近所に住んでいたので、「ガッタン」という音こそが湘南モノレールの駅である証明なのでしょう。そして、二人の関係のポイントも切り替わります。
■ 小宮さんと、写真部の男子部員二人がイイ!! ■
恋愛作品の名作には「名振られ役」が不可欠です。『俺の青春ラブコメが・・・』が名作なのは、一式いろはの貢献が大きい(彼女はもうワンちゃん狙っている様ですが)。同様に『Just Bcause!』では写真部の小宮 恵那(えな)の存在が絶大です。彼女無くしては、この作品はイジイジした凡庸な三角関係ドラマの成り果てたでしょう。
小宮 恵那はとにかく猪突猛進で、空気を読まない。写真展に瑛太の写真を出展する許可を取る為に、瑛太に付きまといますが、いつしか瑛太が気になって仕方が無くなる。他人の間合いにズケズケと入り込む小宮を瑛太は迷惑に思いますが、瑛太はそれを隠そうとしない。だから余計に踏み込むうちに、小宮は瑛太に恋をしてしまう。
小宮は空気を読まないが、空気は読めるので、瑛太の美緒に対する気持ちにも直ぐに気付きますが、瑛太もそれを指摘されても、小宮に対しては意外にも否定する事が無い。これは相性の問題で、内に秘めるタイプの瑛太にとって、ズケズケと入り込んで来る小宮は自分の感情の捌け口としては悪く無い存在なのかも知れません。これは陽斗も指摘していて「お前ら仲良いよな。だって瑛太が素で話すのって小宮ぐらいじゃん」とさすがは親友は鋭い。
空気を読まない小宮さんが搔きまわすからこそ、このラブストーリーは最高に面白い。そしてその恋が決して実らない事を視聴者は予感するから、彼女を観ていて切ない気分が押し寄せて来る。
そんな小宮を密かに慕う写真部の鉄オタ男子もイイ。彼らの健気さにこそ、アニオタ男子は共感するのです。この鉄オタ男子無くして、この作品は名作になり得なかったとも言えます。
■ 『Just Becasue!』と『月がきれい』を見ずしてアニメオタクを語るべからず ■
脈絡も無く『Just Because!』愛を語ってしまいましたが、こんなに素晴らしい作品を作られた小林敦監督の作品が途絶えている事が悲しい。小林監督はProduction I.Gの制作出身で、『ガールズ&パンツァー』でも水島勉監督回に次ぐ回で監督を務められて様です。『Just Because!』程の完成度の作品を撮れる(あえて撮ると書きます。実写映像の撮り方を熟知されているので)監督が評価されない日本のアニメ事情はどうかしています。
とにかくこの作品、カット割りが細かい。群像劇なので、同時進行する別の場所のシーンの切り替えや、ちょっとした風景のシーンの挿入など、手間が掛かる演出をひたすら繰り返します。それなのに、じっくりロングで見せるシーンもあるので、せわしない印象は一切無い。演出としては限りなく実写演出に近い。絵コンテが販売されていた様なので、ネットで観る事が出来ます。
私は『Just Because!』と『月がきれい』を観ていないオタクにアニメを語る資格は無いと確信しています。
ちなみにシリーズ構成と全話脚本は『青春ブタ野郎はバニーガールの夢を見るか』の原作者の鴨志田一。鴨志田氏は、藤沢近辺が出身地らしく、「青ブタ」も鎌倉から藤沢界隈が聖地です。『Just Because』も、本当にこの辺りの何気ない風景のオンパレードですが、聖地巡礼に行くと、この風景があるからこそ、あの名作が生まれたのだと納得させられます。
■ 「文科省課題アニメ」に指定して欲しい ■
『Just Because!』を私は「文科省課題アニメ」として強く推したい!(そんなものは有りませんが)
1)進路が異なる高校3年生達をリアルに描いている
陽斗・・・就職
瑛太・・・私大受験
美緒・・・私大受験
葉月・・・推薦入学
依子・・・スポーツ推薦
高校を卒業すると、子供達は様々な人生を迎える準備に入ります。就職を選択した人は、18才で社会に出る事になります。そんな彼らのリアルが詰まった作品です。
2)家族関係をしっかり描いていいる
陽斗・・・母親と彼女の祖父母の4人暮らし
父親を早くに亡くした陽斗は、看護師の母親が家計を支えているが、母親は忙しい。祖父母が陽斗を養育したと思われるが、仕事帰りの母親の荷物を、さり気なく自転車の前かごに入れるなど随所に陽斗の家族への優しさが伝わるシーンが描かれる。祖父母にも優しい。
葉月・・・父母は農業。4人兄弟。
葉月も父母は農家で朝から忙しい為、家事と兄弟の世話はほぼ彼女の仕事。大学の4年間だけが彼女の自由になる時間なので、敢えて関西の大学で一人暮らしをする事に。今まで家族や兄弟の為に時間を使って来たからこそ許された小さな我儘でしょう。
瑛太・・・父親と母の3人暮らし
美緒・・・父、母、姉の4人暮らし。
瑛太と美緒は一般激なサラリーマンの家庭。三菱村の土地柄、三菱系の社員かな。比較的裕福な家庭と思われる。
依子・・・家族構成は不詳
家族がしっかりと描かれている作品は名作が多い。この作品は、本当に家族が良く登場しますが、その背景設定もしっかりしていて、登場人物の人格設定にしっかりと繋がっている事が素晴らしい。
3) 担任がイイ
フランクだけど、生徒をしっかり見ている担任の「ゲンさん」が最高。多くの教師が彼を見習うべき。
以上の理由から、文科省にはこの作品を「文科省課題アニメ」に指定する事を強く願う。
「あ~、冬休みの間に『JUST BECASE!』を観ておくように。休み明けに感想を聞くから、早回しで観るなよー!」って先生が言う所を想像してニヤニヤしてしまう。
・・・ああ、文章を書いていたら又観たくなったので、もう一回観よう!何回観ても発見と驚きがあるから。
ちなみに今期アニメは『もういっぽん!』一択。異論は認めず!
私、気づいたんです・・・
「SPY x FAMILY」のエンディングのフォージャー家の食卓が、我が家の食卓に似ている事に。
♪ ジャンジャンジャジャ、ジャジャーンジャジャ・・・・♪
「こんにちは、或いはこんばんは、エージェント黄昏。」
「今回の任務だが、フォージャー家の食卓を再現してもらいたい。」
「君の娘の知能の発達には、栄養価の高い食事は欠かせない。」
「故に、南部シチューは必ず作ってくれたまえ」
「尚、味見役にフランキーを派遣する事になった」
「諸君らの健闘を期待する」
「尚、このテープは自動的に消滅する」
ボウわぁん
今回のミッションで一番難しいのでは「南部シチュー」だ。ヨルさんの定番料理だが、家内には作れない・・・。MISSION:16「ヨル's キッチン」を見直してみよう。ほおぅ、パプリカが入っているのか・・・。ネットで調査すると、ドイツ南部やハンガリーやオーストリア周辺で食される「グヤーシュ」というシチューがモデルだと言う。パプリカを使ったシチュー料理で、オーストリアでは目玉焼きとウインナーを乗せるのが定番だ。仕上げにサワークリームを入れる。
ハンガリーの「グアーシュ」(パプリカを使ったシチュー)・・・ネットより
レシピを調べると牛肉を使うものが多いが、ここはドイツらしく豚バラ肉のブロックで作ってみる。脂が多いので、煮込む際に丹念に脂をすくい取る事を忘れてはならない。パプリカはパウダーを大さじ1.5程度居れた。さらに、細かくカットしたパプリカも追加した。赤い色は主にパプリカの色である。サワークリームは溶かし込むらしいが、ここは「バエー」を狙ってトッピングとした。味は・・・パプリカの香りが豆のそれに煮ているので、豆のシシューと形容したら分かり易いだろう。豚バラ肉は脂をしっかり落としても、味の薄い豚の角煮の様な存在感で好みが分かれそうだ。ワインよりはビールに合う。
食卓の中央にドーンと載った肉は、ドイツ料理の定番の「アイスバイン」かと思われる。豚のスネ肉にハーブや塩を刷り込んで、冷蔵庫で何日か寝かせてから茹でる料理だが、以前作って手間が掛かった。そこで、今回はamazonのお世話になる事にする。アイスバインと同様の下ごしらえの後に、オーブンで焼く料理に「シュバイネハクセ」というものがあるが、今回はこれにした。(家内は豚肉が苦手なので、こちらの方がブタ臭さが少ないかと・・・)EDでは、ニンジンを添えたピラフか、マッシュポテトの上に乗っているが、面倒なので、家内が人参のスライスを置いて手を抜いた。これもビールにも、ワインにも合う。
ジャーマンポテトは定番中の定番だが、EDに合わせて、タコさんウインナーを添えた。スキレっとを使って、最後はオーブンで10分程度焼いた。最初に玉ねぎをじっくり炒めて甘さを出すのが秘訣で、ジャガイモは男爵が美味しい。キタアカリだと甘味が強すぎてサツマイモの様な味になるので玉ねぎとケンカしてしまう。風味はベーコンで付ける。
パンも見た目がなるべく揃う様にした。プリッチェルがポイント。揚げ物はレモンが添えてあるので、「ウィーン風カツレツ」だと思われるが、肉を食べ過ぎなので、市販のコロッケで代用した。ケーキはカロリーオーバーなので割愛した。
ここまで揃えると、服装も気になって来る。家族各員に、「ドレスコード」を伝えた。
その結果が次の写真である。
残念感が出るかと憂慮したが、結構クオリティーの高いコスプレになったので、年賀状で皆さんに披露する事にした。これでフォージャー家の結束の高さがアピールされ、ステラ獲得に一歩近づくだろう。
今回のミッションは比較的簡単だったが、「エー、オレはヨルさんは嫌だよ」という息子の抵抗に合い、この写真では息子がロイド、私がモジャに扮している。娘は、そのままでアーニャの変な笑顔と瓜二つだ。妻は仕方なくヨルさん役をやってもらったが、まんざらでは無いらしく、職場の忘年会が無い事を悔しがっていた。
ちなみに年賀状では、息子が「ボンド」をやると言い出し、流石に無理があると思ったが、ボアのジャケットを上手く使って、しっかり犬になっていた。私はロイドを演じた・・・中折れ帽子とピストルさえあれば、誰でもスパイになれる・・・。
今回のミッションも完璧だった。
世界の平和を守る為に、フォージャー家は今日もミッション遂行に余念が無い。
■ 久しぶりにアニメが面白い ■
今年は『よふかしの歌』以外に記憶に残るアニメが無かった。
「もう、アニメを観て感動出来得る歳でも無いのかな・・・」と暗い気持ちになっていたが、問題は私では無く、放映されるアニメが面白く無かっただけ。何故かって・・・だって、今期アニメは面白い作品がメジロオシだからです!
尚この記事は、そのまま「22冬アニメベスト」になると思います。
『ぼっちざろっく』より
生来のコミ障で、友達は一人も居ない「後藤ひとり(ボッチ)」は、有名ミュージシャンの「根暗でも人気者になれる」の一言に感化されてギターを始めます。目標は中学の文化祭でバンドデビュー。ところが、コミ症がバンドを組める訳も無く中学を卒業、されど、一人練習を続けたギターの腕前は、動画サイトで人気を集める程に上達します。
高校でも一人の友人も出来ず、それでも誰かに声を掛けてもらいたくて、ギターを背負って登校したボッチですが、誰も見て見ぬ振り。消沈するボッチですが、帰路に一人の女子高生から声を掛けられます。「あなたギター弾ける?」。
聞けば、ライブ当日にギターのメンバーに逃げられてピンチなのだと。断る事も出来ずに半ば強引にライブハウスに連れ込まれ、ステージに立たされる事になったボッチは、そのギターの才能をさく裂・・・させる事は無い。だって、コミ症だから、観客の顔すら見れず・・・。
そんなボッチちゃんが、少しずつ人間関係を築き、ほんのチョッピリずつ成長する物語ですが、その演出は「攻めの一手」。基本は『私がモテないのは全部お前らが悪い』に近い内容で、ボッチちゃんの妄想が暴走する。但し、『ワタモテ』が自尊心のバランスを保つ為の妄想であるのに対して、自己評価の極端に低いボッチちゃんの妄想は、「理想の自分」に暴走したと思えば「最低の自分」に爆落ちするといった感じで、可愛らしくも目まぐるしい。それを、実写映像を交えて描く演出は、今期一番「攻め」ています。
原作は「4コマ割り」が続くスカスカの作品ですが、故に、アニメの演出の自由度が高い。描き込まれ過ぎた原作よりも、作り手も楽しそうに作っています。
この作品、特筆すべきは「ギターやバンドのサウンド」。下手な演奏は本当に下手に、そして、スイッチが入ったボッチちゃんはキレッキレの演奏をする。OPのギター演奏もキレッキレでカッコいい。
『異世界おじさん』より
食症気味の異世界ものですが、とうとう「おじさん」まで異世界に行く時代になったのかよ!!って思って見始めたら、異世界に転生した時には青年で、そこで時を過ごして、現実の世界に戻って来たらオジサンになっていたという、浦島太郎状態の元オタクの話。「おじさん」とは、語り部が甥だから。ネタは出尽くしたと思われあ「異世界転生もの」ですが、こんなウルトラCがあったとは・・。
オタクで学校カーストも最下位クラスの「おじさん」は事故で無意識となり異世界転生を果たします。しかし、極度の老け顔のオジサンは、異世界でオークに間違われ散々な目に合います。しかし、オジサンはゲームの知識を駆使して最強の魔法使いになる。そして、エルフや女性勇者などの窮地を救って好意を持たれるが、恋愛経験ゼロで、自己評価が最低なオジサンは、全くその好意に気付かず・・・。
異世界ものの多くが、「転生したらオレツエェー!!」的なオタクの隠れた願望に媚びる内容ですが、この作品はそのナナメはるか上空を行く。先ず、異世界でのオジサンの活躍は、現世でオジサンが使う映像魔法で再生されるのみ。それを甥とその彼女?が興味津々で観るという設定。「こういう事もあったなぁ」的なオジサンの回想からシーンの再生がスタートするので、エピソードは時系列では無いのがミソ。(おおよそ時系列的ですが)視聴者は「虫食い状態」のオジサンの回想を見せられるので、穴の部分が気になる。
尤も、この作品の最大の魅力は、異世界や魔法などでは無く「古いゲームへの限りない愛情」にこそある。極度のゲームオタクのオジサンが語るゲームの話は、全て十数年前の話。セガサターンが存在した時代。最早、ビンテージとも呼べるゲーム機や、ゲームの「アルアル話」がポンポン出て来るので、その時代にゲームをプレイしていた中高年にはタマラナイ。ゲームをメインにしたこの手のストーリは有りましたが、それを異世界と合体させた発想に、惜しみない拍手を送りたい!!
『サマータイムレンダ』より
最近はアニメをネット配信で観るので、配信サイトによって観れる時期がズレます。『サマータイムレンダ』は22年4月からTV放送されていた様で、dアニメストアで配信されたのは22年冬期になります。それも25話一挙公開!!この作品に関しては「一挙公開」が正解。何故なら、1話を見出したら25話まで一気に見ないと仕事も手に着かなくなるからです。それ程に面白い。
幼馴染の潮(ウシオ)の葬儀に久しぶりに島を訪れた慎平(しんぺい)ですが、潮の死に不信を抱きます。そして、島民の行動にも不可解なものが・・。潮の妹の澪(ミオ)の「影」を目撃した所で慎平は殺されます・・・。ところが、慎平は再び島に訪れた所で意識を取り戻す。そう、彼は殺される事でタイムリープするのです。
『Reゼロ』の展開と同じと言えば同じですが、構成とストーリーの緻密さ、そして島に漂う濃密な空気感で、『Reゼロ』とは別格の最高のサスペンスとなっています。「日本ミステリー大賞」にノミネートしたいような出来栄え。
和歌山県の孤島の日都ヶ島(ひとがしま)に伝わる「ヒルコ伝承」を軸に、民芸スリラーを思わせる導入部からグイグイと視聴者を引き付けますが、次第に並行宇宙とタイムリープといったSF展開に。さらに・・・。
監督の渡辺歩は1966年生まれのベテラン監督で、『ドラえもん』の監督などを務めていますが、近年は『海獣の子供』(私は原作が好きなので映画は未見)や、『恋は雨上がりのように』の監督も務めるなど多彩。後で紹介しますが、昨年公開された『漁港の肉子ちゃん』は私的な名作認定。
『ドラえもん』や『クレヨンしんちゃん』は意外に名監督を排出しています。キャラクターの強靭さ故に、TV版でも劇場版でも演出の自由度が高いので、監督達は色々とチャレンジして腕を磨きます。
渡辺監督は「尺の使い方」が上手い。「映画の尺」でも「TVの30分の尺」でも、きっちりと見せ場を作って来ます。その上で殺されて毎回終わるのですから、次が見たくなるのは当然。『サマータイムレンダ』、くれぐれも平日には観ないで下さい。ワールドカップ以上の寝不足があなたを襲うでしょう。
『夫婦以上、恋人未満』より
高校の必修科目に「男女ペアーで同居して夫婦生活を送る(性生活は無し)」という実習があるという、トンデモ設定の漫画。
16歳になると、政府通知で理想の結婚相手が決まる『恋と嘘』に似た作品ではありますが、こちらは、あくまでも「実習」で、実習期間が終わればペアは解消されます。薬院 次郎はオタク陰キャですが、中学時代から同級生の桜坂詩織に思いを寄せています。しかし、ペアになったのは、よりによって陽キャでギャルの渡辺 星(あかり)。星が憧れているのは志織のペアーの男子。
次郎が志織を好きな事を知った星は、次郎の恋をサポートすると約束します。実はペアーの成績が10位以内に入ると、ペアー交換が出来るのです。志織ペアーは高い順位をキープしているので、自分達も夫婦生活のラブラブ度をアピールして、ペア交換でお互い好きな相手と夫婦になろうと次郎に提案します。
派手なギャルと、地味ナオタクの夫婦生活など上手く行くはずが無いのですが、意外に星は純粋。そんな星は次郎の優しさに触れるうちに、次第に・・・。
まあ、内容としては他愛の無い作品ですが、シリーズ構成と脚本の荒川稔久がソツ無く上手い。とにかく、30分という尺の中に色々な要素が展開しながらも過不足無い。説明調にならず、それぞれのシーンをじっくりと堪能出来る。荒川稔久は『仮面ライダー・クゥガー』のメインライターや戦隊物の脚本家としては大家と言えますが、『アクションヒロイン・チアフルーツ』など、アニメ作品も多く手掛けています。
まあ、「だから何?」って感じの作品ではありますが、OPの曲はアレンジがスゴイし、EDのイラストもポップで可愛らしい。誰も推薦しないと思いますので、私が「激押し」しておきます。
『ヤマノススメ』より
本編が完全にEDに喰われている作品。以前より皆さんから薦められていましたが、今期から30分枠となり、1期からじっくり観ています。一言で言えば登山版の『ゆるキャン△』ですが、少しだけ登山をする事もある私には、富士山登頂を目標にする女子高生が、瑞牆山から金峰山を縦走出来るのか???という疑問から抜けられずに、本編にはイマイチ乗り切れません・・・。それに、女子高生というより小学生にしか見えない・・。
ただ、今期のEDは神です。毎回特殊エンドは『チェンソーマン』とガチ対決となりますが、私は『ヤマノススメ』に軍配を上げます。とにかく、水彩画タッチの動画のクオチティーがマジで神。演出も神。あえて言おう、「ヤマノススメの本編はエンディングの前座」だと。
実は、今年は飯能に10回ほど行っています。浦安から荒川・入間川サイクリングロードを繋ぐと、飯能から秩父に自転車で行けるからです。そんなこんなで、結構、この作品の聖地である飯能にも詳しくなりました。飯能河原とか、観音寺の白い象にも行ってきました。そして、最近のお気に入りは、原作にも登場する「棒ノ折(棒ノ嶺)」。
ただ、聖地巡礼と思しき若者達が、スニーカーに普段着(ミニスカなど)で登山道に入って行く事には、問題を感じています。先日も6人の若者に注意をしました。「その服装と靴だと危険だから、最初の滝で引き返して来い」と。『弱虫ペダル』のファンの女子が50万円のロードバイクを買う程の気合を見せる一方で、『ヤマノススメ』のファンは登山靴も買わないのか!!・・・まあ、作品としうても「ゆるい」からね・・・。
『チェンソーマン』より
普通に選らべば今期はベスト1の作品ですが、私は『ファイヤーパンチ』や『さよなら絵里』の様なもっと狂った藤本タツキが好きなので、チェンソーマンはあくまでもジャンプの読者向けサービスかなと。アニメの出来も、毎回鳥肌の立つEDも、明らかに今期No1ですが、故にあえてこの順位。個人的には『ぼっちざろっく』の圧勝。・・・でも、凄いんだよコレ・・。
『機動戦士ガンダム 彗星の魔女』より
賛否両論ある事は分かりますが、私は好きです、このガンダム。
「ガンド」と呼ばれる精神感応によって機械を動かす技術は、操縦者の精神への負担が大きく「封印」されています。しかし、一人の少女だけが、この負担を感じる事無く「ガンド搭載のモビルスーツ」を自在に扱う事が出来る。
『コードギアス』や『ターンAガンダム』の大河内 一楼(おおこうち いちろう)あシリーズ構成と脚本ですから、このガンダムがツマラナイ訳が無い。カワイイ女子とイケメン男子が、キャッキャウフフの学園生活・・・おい『ヴァルブレイヴ』かよ!
ガンダムと言えども「時代の要請」に逆らう事は出来ません・・・というか、SEEDなどロボットアニメの男子アイドル化を進めたのもガンダム。私は『ターンA』などの傍流のガンダムが結構好きですが、これも「ユリ・ガンダム」という新しジャンルを開く作品。・・・とはいう物の大河内作品ですから、一筋縄では行きません。2クールだと思いますが、しばらく楽しめそうです。
番外編(ネット配信)
『漁港の肉子ちゃん』より
21年公開の劇場映画ですが、『漁港の肉子ちゃん』というタイトルで誰が劇場に行くの??
実は原作は西加奈子。日本のマジックリアリズムの作家などと言われ『円卓』などの代表作がありますが、私的にはあまり評価していない作家でした。でも、これはイイ。プロデューサーが明石家さんまで、肉子ちゃんの声優が大竹しのぶという所が注目されがちでですが、そんな事はどうでも良くて、逞しく生きる肉子ちゃん母娘を堪能する作品。
監督は『サマータイムレンダ』の渡辺歩。この監督、とにかく「舞台を描く」事に秀でています。肉子ちゃんと娘が暮らす小さな漁港の街の空気が画面に充満します。『若おかみは小学生』ファンは是非。
『サイダーの様に言葉が沸き上がる』より
渡辺歩監督を師匠と仰ぐイシグリキョウヘイ監督の劇場版デビュー作。
田舎ののショッピングモール(イオンモール高崎)を舞台に、そこのクラス老若男女の物語を、俳句を愛する少年と、ネット配信をしている少女の初恋を軸に描く、胸キュンキュンの夏映画。
「わたせせいぞう」の様なカラフルな色彩の世界で、サイダーの様に爽やかな青春が弾けます。これ必見!
『ゼーガペイン』より
以前に紹介しているので詳しくは書きませんが,dアニメで12月31日までの公開。私はロボットアニメを3つ選べと言われたら『伝説巨神イデオン』『輪廻のラグランジェ』『ゼーガペイン』を選びます。(王道を選べと言われれば別の作品を選びますが、個人的に好きと聞かれたら、この3作品)
『サマータイムレンダ』の最終回を観ていて、思わず『ゼーガペイン』の最終回を思い出しました。「存在のはなかさ」が共通した作品です。そして『ゼーガペイン』は切ない・・・。
以上、『モブサイコ100』とか『弱虫ぺだる』とか『僕のヒーローアカデミア』とか『BLEACH』とか『後宮の鳥』とか『影の実力者になりたくて』とか、他にも色々面白いのでうすが・・・見切れないというのが今期の悩み。
『映画 ゆるキャン△』より
■ 『映画 ゆるキャン△』に賛否両論 ■
『映画 ゆるキャン△』に賛否両論が巻き起こっています。
女子高生がキャッキャ・ウフフとゆる~いキャンプをする作品を期待していたファンからは「社会人のシリアスなドラマは観たく無い」とか「キャンプシーンが少ない」などの苦情が出ています。
一方で「成長した彼女達の姿を観れて最高」とか「社会人である自分は、彼女達の気持ちが痛い程分かる」といった肯定的な評価も多い。そして、この作品の本質を理解しているレビューは概ね「名作認定」しています。
■ 『ゆるキャン△』の本質は、女子高生のドロドロとした人間関係 ■
私は『ゆるキャン△』を高く評価していますが、それは私がキャンプ好きだからでも、女子高生好きだからでもありません。私は『ゆるキャン△』は「女子高生の微妙な人間関係」を、かなりリアル描いた稀有な作品だと思っています。
志摩リン(しま リン)はソロキャンプが好きな無口な女子高生。そんな彼女が本栖湖でキャンプをしていると・・・キャンプ場のトイレの前で各務原なでしこ(かがみはら なでしこ)が寝ている所に遭遇します。風邪を引かないかと気にはなりますが、リンは彼女を起こそうとはしません。ナデシコは夜、寒さで目覚め、リンに助を求る。こうして二人の関係が始まりますが、人懐こいナデシコにリンはどう接して良いか分からない。多少迷惑に感じても居ますが、するりと間合いに入って来るナデシコとの関係に、心地よさも感じ始めます。
リンはある種の「コミ障」で、又ある種の「厨二病」でもある。彼女は一人を好み、他人と深く関わろうとはしませんが、それを苦にする事はありません。価値観もだいぶズレていて、祖父の影響を強く受けているので同年代とは合わない。そして、彼女は決定的に言語表現が苦手です。モノローグでは結構饒舌ですが、美味しいものを食べた時のモノローグを聞くに「言語表現のセンス」というものを全く持ち合わせていません。故に、同年代の少女達と、フワフワとした会話のキャッチボールをする事が出来ない。即答を求められる様なケースでは「考えておく」と答えるしかありません。
一方、ナデシコは天真爛漫な子供キャラですが、「共感力」のバケモノです。相手も気付いていない「相手の求めるもの」を見付ける天才とも言えます。ナデシコはリンのパーソナルエリアの内側に一瞬で踏み込みます。一瞬でリンの障壁を中和してしまうのです。リンは、利口を装っていますが、実は論理的思考は苦手です。むしろ感覚的。そんなリンにナデシコは相性が良い。ナデシコの言葉は「ウワー、キレイだねリンちゃん」と言った様に「単純で感覚的」ですが、実はリンがモノローグで捏ねくり回す言葉よりもリンの感じている本質に近い。だからリンはナデシコを通じて自分の本当の気持ちや感覚に気付かされている。
一方で「野クル」のリーダーである大垣千明(おおがき ちあき)とリンの相性は非常に悪い。TVシリーズの冒頭の方で「大垣千明か、私、あいつ苦手なんだよね」とリンは口にします。チアキは積極的で多弁なキャラに見えますが、実はかなり論理的で思慮深い。女子高生の中では、大人とも言える。そんな彼女が同年代の少女達に上手く接するには、「明るい女子高生キャラ」を演じる必要が有ります。他人とのズレを埋める努力をしないリンと、他人とのズレをキャラ設定によって埋めようとするチアキは対象的です。しかし、チアキはキャンプの師としてリンに興味が有りますし、一人の人間として孤高を貫こうとするリンにも興味を持っています。リンの「脆い純朴さ」を尊いものと理解しながらも、リンに他人との交流を持たせる手助けもしたい。リンに嫌われている事を自覚しながらも、リンと友達になりたいとチアキは願っている。そして、ナデシコを介して、リンとの関係を結びます。高校時代のリンとチアキの関係は、ナデシコという触媒無くしては成り立ちません。
チアキには中学時代からの親友が居ます。犬山あおい(いぬやま あおい)は関西弁のおっとりキャラ。チアキとアオイは同じ中学校出身ですが、アオイは転校生という事もありあまり友達が居なかった様です。一方、精神年齢が同級生に比べて高いチアキも浮いた存在だったでしょう。アオイは多弁ではありませんが、洞察力に優れ、精神年齢も高い。そんな二人が親友になるのは必然とも言えます。チアキは世話焼きですが、自身にアンバランスな危なっかしさが付きまといます。自分が他人を傷付ける事にも自覚的です。そんなチアキが本心を明かすのはアオイだけですが、アオイにはそれを受け止める包容力がある。
リンと、チアキとアオイという本来ならば接点を持たないであろう人達を、ナデシコは自然に結び付けて行きます。それは「皆で一緒ならばもっと楽しい」という純粋な願望による行動です。そして、リンも「一緒は楽しい」という自分でも知り得なかった感情に徐々に目覚めて行きます。
一方で、人との関わりを持てないキャラも存在します。野クルメンバーとキャンプに行く斉藤恵那(さいとう えな)はリンの友達ですが、積極的な友人関係と言うよりは、他人と距離を置くという点においての「共犯者」的な慣れ合いの関係です。エナの対人スキルはリンに比べて高いので、一見、友達付き合いが上手に見えますが、実は彼女は他人に興味が持てない。作品の中では「マイペースな人」として描かれますが、女子高生達の中では異質な存在です。そんな彼女は人間よりも飼い犬のチクワとの関係を重視しています。そして、チクワを介して友達と付き合っている。キャンプにチクワを同伴するのは、チクワ無くしては、他人と繋がりを保てないからとも言えます。
■ 不気味で特異なキャラ ■
『ゆるキャン△』は女子高生だけで無く、教師や家族も丁寧に描かれます。そんな大人キャラの中で、彼女達に影響を与えるのはリンの祖父、ナデシコの姉、顧問のグビ姉の3人です。
この3人のキャラは、大人として彼女達の成長を見守る役を負っていますが、それぞれ少し不気味です。特にナデシコの大学生の姉は、大人っぽいと言うよりは他人を寄せ付けない鋭利さを持っています。彼女はリンにある種のシンパシーを感じていますが、それは孤独が好きな面が引き合うからでしょう。しかし、リンとナデシコの姉の決定的な違いは、友達が居るか居ないか・・・いえ、要るか要らないかでは無いか?ナデシコの姉は、ナデシコの様な友達が出来なかったリンの将来の姿、或いは、陽気キャラを演じる事を捨てたチアキの将来の姿とも言えます。
リンの祖父は、「カッコイイ大人」のアイコンとして描かれているので、キャラクターの奥行に乏しい・・・と言うか敢えて奥行を描かない事で、アイコンとして孤高です。これはこれで良い。
面白いのはグビ姉と呼ばれる顧問です。彼女は「大酒飲み」というキャラが与えられて、物語に笑いを生むネタ的なキャラクターです。一方で、普段の彼女は真面目で消極的ですが、顧問としてナデシコ達の活動を見守り、サポートします。リンの祖父や、ナデシコの姉の対極として「ダメな大人」として描かれるグビ姉ですが、作品における彼女の存在は小さくありません。精神年齢の高いチアキやアオイも、グビ姉を大人として、そして姉的な存在として慕い、頼りにしています。
■ リアルな女子高生の関係は20代後半ではどう変化するのか ■
『映画 ゆるキャン△』は女子高生だった彼女達の10年後?を描く作品です。実はこの設定は「キャラクター物」としての漫画やアニメでは異例です。『ゆるキャン△』は日常系の作品ですから、『サザエさん』や『チビまるこちゃん』の様に普通はキャラクターは成長しません。仮に成長したとしても、高校を卒業する程度までが普通。
TV版『ゆるキャン△』では成長した彼女達が夢として描かれますが、それは単なるエピソードに過ぎません。様々な作品のエピローグに登場する「数年後の主人公達」みたいなネタに過ぎません。
「キャラクター物」にとって「成長」はリスクです。ファンは「キャラクター」に愛着を持っていますから、成長して反抗期になったタラちゃんには共感を持てません。成長して良いのは『渡る世間は鬼ばかり』の「えなりかずき」や、『北の国から』のジュンとホタルだけです。おっと、『大草原の小さな家』のローラを忘れていました。(これらの作品は、成長を描く日常作品ですし、生身の俳優は実際に成長してしまう)
話が逸れましたが、「キャラクタ物」としてリスクを伴う「成長」を描いた事は『ゆるキャン△』という作品の本質に関わる問題です。『ゆるキャン△』の原作者や、スタッフは、単なる女子高生のキャッキャ・ウフフのキャンプを描きたかったのでは無く、リアルな女子高生の人間関係を描きたかった。だから映画版で成長した彼女達の姿を、原作者やスタッフは「見たかった」。
『映画 ゆるキャン△』で、社会人となった彼女達の描き方はリアルです。リンは名古屋の零細地方紙の記者として働いていますが、「自分らしい企画」を作る事が出来ずにいます。ナデシコは東京でアウトドアのショップ店員をしていますが、これは天職の様で、「他人の欲している物を感じ取る能力」を存分に発揮しています。チアキは東京でイベント会社に勤めた後、地元に帰り観光振興協会で地元のPRをしています。アオイは鰍沢の小学校の教諭になっていますが、学校は廃校が予定されている。エナは横浜でペットのトリマーとして犬に囲まれた生活をしています。
それぞれのキャラクターが、「まさに、この職業しか考えられない」という職業に就いているだけで、原作者やスタッフのキャラクターに寄せる思いの強さを感じます。
就職して、住む場所もバラバラになった彼女達は、いつしか一緒にキャンプに行く機会も無くなり、LINEやインスタで近況を報告しあう仲となっています。高校の友人のアルアルです。そんな中、チアキが突如として名古屋のリンの元を訪れます。相変わらず迷惑キャラのチアキですが、チアキがナデシコ抜きでリンを訪れる事に、10年の歳月が積み上げた二人の関係が垣間見れます。リンは「相変わらず迷惑なヤツ」と感じながらも、チアキに普通に接しています。まあ、その後、タクシーで山梨まで拉致されるので、迷惑には変わり有りませんが・・・。
リンが拉致された先は、山梨県富士見町にある廃施設。そこをチアキはキャンプ場にしようと画策しています。当然、仕事の一環として。そこでキャンプに詳しいリンの意見が聞きたかったのです。こうしてゆるキャン△メンバー達のキャンプ場作りが始まります。草刈りや整地といった慣れない作業に戸惑い、さらには、思わぬ事態も発生して、挫折を味わう彼女達ですが・・・大人となった彼女達は諦めません。色々な策を練って、目的の実現の為に努力し、そして勝ち取る。
普通の社会人が日々の仕事の中で行っている、工夫と努力を、社会人となったゆるキャン△メンバーも普通のやっている・・・これは素晴らしい事です。高校時代に「ゆるキャン△」を読んでいた、或いはアニメを観ていた人達も、既に社会人となった人達も居るでしょう。彼女、彼らには、この物語は刺さります。いえ、50代後半の私にも刺さります!!
■ 白眉は廃校となった小学校の校庭でのチアキとアオイ ■
2時間という長めの映画ですが、全く飽きる事無く、観客を山梨の山村に連れ去ります。どこを取っても名シーンですが、どれか一つを挙げろと言われたら、廃校式が終わった小学校の校庭でのチアキとアオイのシーンが白眉。
学校の荷物を持って出て来たアオイを車でチアキが迎えに来ます。雨が降っている・・・。ちょっと物思いに耽るアオイをチアキが肩で小突いて傘から追い出します。ニシシと笑うチアキ。「ちょっとシンミリした・・・・。うそやでぇ~~」と言うアオイだが、表情には影が有る。アオイの口癖を見事に使いながらも、二人の信頼関係の深さと、二人の成長を見事に描いています。「映画的な名シーン」と言えます。
■ 「彼女達は実際に身延に居る」という確信を抱かせる事 ■
『ゆるキャン△』ファンが作品に登場したキャンプ場や、身延の街へ聖地巡礼に訪れるのは、「そこには彼女達が居る」と思わせる「実在感」を作品が作り出したから。それは、ある種のドロドロした女子高生達の人間関係を丹念に描いた成果であるとも言えます。
『映画 ゆるキャン△』に失望した人の多くが、この作品の「表面的な可愛さ」しか見ていないのでしょう。そういうファンが支える作品だと知りながら、敢えて期待を裏切った『映画 ゆるキャン△』のスタッフ一同には、心からの拍手と感謝を送りたい。名作です!!