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映画・演劇のレビュー

『妖怪人間ベム』

2013-01-13 17:58:16 | 映画
 今年最初の劇場で見る映画がこれというのは、なんだか情けない話なのだが、時間の関係でこれしか見ることが出来なかったのだから、仕方ない。たまたま3時間ほど時間が出来たのだが、そこにぴたりと収まる映画がなかなかなくて困った。かといってせっかくの時間を無駄にはしたくないから、これは、見ていない映画で、見れるもの、というとても消極的な理由からの選択なのだ。

 TVシリーズは見ていない。だが、オリジナルのアニメはリアルタイムで毎週見ていた。まだ子供だったから、怖くて怖くて、手で目を隠しながら見た。(それって半分見てないのではないか、と思うくらいだ)小学生にはなんとも毒が強くて、刺激的すぎる内容だった。もちろん今、考えると、きっと、たいしたことはないのだろうけど。もう何十年も前の話だ。ロッテのベムガムとかなんとかいうお菓子を買って応募するとベロの笛が貰えて、それを大切にしていたことを覚えている。怖い癖に毎週楽しみにしていた。

 そんなこんなで、なんだか少し懐かしくもある。もちろんオリジナルのファンだから、あの亀梨ベムにはとても違和感を感じた。宣伝で彼を見たとき、あんなのベムじゃない、とみんなも思ったはずだ。ベロも違和感あり過ぎ。(ベラは大丈夫だった。イメージにぴったりだし、アニメのキャラそのまま)だから、TVシリーズはやってるな、程度でちゃんと見たことはなかった。

 せっかくの映画化である。お手並み拝見、って感じで見始めてのだが、正直言ってまるで乗れなくて困った。話があまりにしょぼすぎる。これが劇場映画なのか? TVサイズのお話で、それを劇場の大スクリーンにかけるなんて、なんだかバカにしている。こういうのって、1昨年の『怪物くん』もそうだったけど、TVシリーズの世界観を引きずり過ぎではないか。もっと映画ならではの冒険は出来なかったのか。オリジナルのTVを見ていない人間でも楽しめるような映画ならではの展開や、仕掛けが欲しかった。最近のTV局が作る安易な映画版には、ちょっとうんざりさせられることが多い。TVスペシャルをわざわざ劇場で公開している、って感じだ。それをファンサービスだとでも勘違いしているのか。まぁ、この映画を見に来るTVのファンにはこの程度の生ぬるさこそ、必要なのか。『妖怪人間ベム』の映画化を期待して劇場に行く方が間違っていたのだろう。

 それにしても、とても映画とは思えないような、話のしょぼさ。世界観の欠片すら感じられない。バラエテイレベルの脚本、演出。少年時代に見たオリジナルの怖さとは、別の意味で、これも目を覆いたくなる作品だ。着ぐるみの妖怪人間も安っぽい。大体彼らが何のために戦うのかも、よくわからない。正義のため、らしいけど、じゃぁ、正義って何? 悪を取り込むと人間になれると知っても、正義のために人間にはならないらしいのだが、その行為は何のため? お話の根幹となる部分が全く前提条件でしかなく、これではそこにスリルは生まれない。

 オリジナルのベムのイメージを再現した柄本明演じる名前のない男の存在をもっと描き込み、善と悪の闘いのドラマにでもしてくれたなら、少しはドキドキしたのではない。彼はベムの夢の中だけに出て来るようでは、意味がない。亀梨ベムは実はなかなかかっこいいから、この映画(というか、TVシリーズ)で造形した彼のキャラクターを生かして、もっとオリジナルなストーリー展開を見せてくれてもよかっただろう。何にしてもまず必要なのは、このお話の設定をどう生かしきるか、である。

 だが、この映画の作り手たちは、まるで「妖怪人間の存在する世界」を造形する気がない。ただ、アニメの実写版をなぞるだけ。それでは面白い映画なんか生まれるはずもない。ただのコスプレである。それにしても、ここまでまるで怖くないベムって、何なんだろうか。僕にはまるでわけがわからない。子供の頃見たあの恐怖を現代によみがえらせるなんてことは不可能なのか。それより何よりあの頃このアニメの何がそんなに怖かったのか。それすら、もう思い出せない。9歳の僕はもう今の僕の中にはいない、ということなのか。それって、なんだか、悲しい話だ。

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