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映画・演劇のレビュー

南杏子『ヴァイタル・サイン』

2021-09-29 10:53:07 | その他

現役のお医者さんで作家といえば、まず夏川草介だね、と思うけど、この南杏子さんも凄い。『ブラックウェルに憧れて』を読んで感心した。『いのちの停車場』もよかった。だからこの新刊にも期待したのだが、今回期待は裏切られた気分だ。つまらない、というわけでは、当然ない。辛すぎて耐えられないからだ。こんな仕事やめてしまえ、と何度も思う。読みながら感情的になった。要するにこれはそれほどリアルなドキュメントなのである。

30代になる看護師が主人公だ。10年のキャリアがある。いろんな経験もして、責任も担わされている。医者の恋人はいる。優しいし、理解もある。恵まれている。だけど、仕事は過酷すぎる。医者でも看護師でも同じだろうけど、それにしてもこれは報われない。医療現場の困難は誰だって想像がつく。でも、これはあんまりすぎる。ここには救いはない。だから、もう先が読めない、と何度も思った。だけど、やめられなかった。彼女がどうなるのか、気になるし。

最終章を読んだとき、ほっとした。やめてやる、なんて言わないでこの過酷な現状を乗り越えていく彼女に勇気づけられた、なんていう気はない。教条的なお話にもならないで、現実をしっかり書き留める、というスタンスだ。泣き言も言わない。こんなことをしていたら心も体も死んでしまうぞ、と読みながら何度となく思う。小説だから、とは思えないから。最後まで読んだ時、そこで描かれる「今」が心に沁みる。これもまた、実にいい小説だった。

先日89歳の母を亡くした。この7年間ずっと面倒を見ながら仕事をしてきたから、この小説の主人公の気持ちがよくわかる気がした。最後の5か月間の母の入院生活を通して、初めてこんなにも病院に通い、病院で過ごした。僕は今までほとんど病院に行ったことがなかったし、だから一度も入院したことがない。母のことだけど、こんなにも病院のお世話になったのは初めての経験だった。でも、この日々は、コロナのせいで面会すらできなくて、医者や看護師の話を聞くしかなかった。そこにはいろんな看護師がいた。酷い医者もいた。そんな日々のことを思いながら、この小説を読み進めた。だから、なんだか感情的になったのだろう。

ここには救いがあるし、未来がある。だが、現実もある。こんな現状の中で彼女たちは生きている。


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