今日は木下恵介のコメディ映画を見てみようと思った。彼のキャリアを追いかける上で、節目となる大作、力作の狭間で肩の力の抜けた小品もたくさん作っているようなのだ。そこでまず、この作品である。
今まであまりそういう作品を見る機会はなかったのだが、huluにはいくつものそんな作品もエントリーされている。今日は『喜びも悲しみも幾年月』の直後に作られているこの作品を見た。カラー大作である渾身の作品の直後にここまで力の抜けた脱力コメディが作れるなんて、凄い。しかも、ギャグで自作を引き合いに出している。なんという余裕だ。調子に乗っている。まぁ、それこそ絶好調の証拠なのだろう。
主役は相変わらず高峰秀子と佐田啓二。そしてまた夫婦のお話なのだが、ここではふたりとも眼鏡をかけて、ダメダメ夫婦を演じた。冒頭の新宿駅前、チンピラが田舎から来た家出青年を誘い込み、泥棒に入ろうとするシーンから、彼らが狙いを定めた畑の真ん中にある佐田啓二、高峰秀子夫婦の家へと舞台が移行し、お話は始まる。ドタバタ喜劇が始まる。(当時の新宿周辺ってこんな田舎だったのか。
映画はバカバカしいけど、楽しい。ここまで徹底的にしても、それが下品にはならない。80分にも満たない尺で軽く作った映画をこんなにもさりげなく提示した。もう十分巨匠と呼ばれる大家なのに、まるでいたずらっ子のようにこんなチャーミングな映画を軽々と作り、自分のキャリアにちゃんと書き加えれる。
調べるとたぶんそういう作品がたくさんあるみたいだ。なんという余裕だ。先日『花咲く港』を見たとき、ここから彼がスタートしたのか、と驚かされた。歴史に残る監督の1本目の映画はその作家のすべてが投影される。そこに渾身の力作ではなく、あんな軽やかなコメディを作れたのって、なんだったのか、と思ったが、今日これを見て、このフットワークの軽さこそが彼の身上で、『花咲く港』の描くユートピアはその後の日本のたどった現実を描く作品と背中合わせだと気づく。いつだってそうだった。世界を表から見た後でちゃんとその裏側も見せる。作品はいつも合わせ鏡となる。
忘れていたが彼の遺作は『新・喜びも悲しみも幾年月』ではなく、『父』という小品だった。その後にはたしか念願の大作『戦場の固き約束』が準備されていたはずだ。それがたぶん彼の最後の映画になるはずだった。その願いは叶わない。
今日初めて僕が今まで見た彼の映画は何本あったのかをチェックしてみた。記憶の範囲では15本しか見ていなかった。今回新たに今日までで4本を見て、ようやく19本。彼は生涯49本の作品を作っている。50本目が最後になるはずだった。なかなか思うようにはいかないのが人生だ。悔しかっただろうけど、彼は節目を飾れない。