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映画・演劇のレビュー

『パピヨン』

2012-12-13 22:09:07 | 映画
高校1年生の時、この映画を見た。ロードショーではなく、天王寺の2番館、忘れもしない、今は亡き天王寺ステーションシネマだ。500円で映画が見れた。確か、学生は400円だった。夏休みの宿題で天王寺動物園に写生に行った帰り、たまたま上映していたこの映画を見たのだ。 そして、魂が揺さぶられるほどの衝撃を受けた。ラストシーン。断崖から飛び降りるマックインの姿に涙が止まらなかったのを今でもはっきりと覚えている。映画ってこんなにも凄いものなのだ、と思った。

あれからもう40年近くになる。もちろん、あれ以降一度も、この映画を見ていない。でも、今でも生涯のベストテンに入れている。今回見るにあたって、とても勇気がいった。なんだか、怖い。もし、そんなに凄い映画でなかったなら、と不安になる。しかも、劇場でなく、TVで見ると、あの感動が損なわれる気もしたからだ。

 だが、そんな心配はいらなかった。もちろん、事前に心の準備は出来ていた。30分見て、つまらなかったなら、やめよう、と思った。ショックを受ける前に見ることを断念する手はずだったのだ。そこまで準備したのだが、ストーリーの細部はほとんど忘れていたから、なんだかとても新鮮だった。もちろん、これは古い映画だ。昔ながらの作られ方がなされている。しかし、その重厚なタッチは嫌じゃなかった。こういうオーソドックスな大作と、正面から向き合うことって、悪くはない体験だった。

 そして、2時間半。止めることはなかった。ラストシーン。あの時の感動がよみがえった。僕はあのシーンであの時確かに泣いた。そして今、また、胸いっぱいになっていた。50歳を過ぎた今の僕の胸にもきちんと届く。やはり傑作だった。40年前に作られた作品なのに、全く古びない。

 脱獄するために、生きる日々が、永遠とも見える苦しみの繰り返しの中で描かれる。自由を求めて生きることが、こんなにも尊い。生きのびるため、不条理と戦い、不屈の生命力で、とんでもない状況をくぐりぬけていくパピヨンの姿は、僕たちに生きる意味を教えてくれる。これはただの脱獄のための話なんかではない。

 妄想シーンで、「お前の罪はこれまでの人生を無駄にしてきたことにある」と言われる場面を見て、はっとさせられる。殺人の濡れ衣を着せられて、投獄された。だが、無実の罪ではない。

 自由とは何か。幸福とは何なのか。生きるって何なのか。普遍的なさまざまな問いかけへの答えがここにはある。これを高校1年生の時に見れて本当によかった、と思う。多感な時期。自分が何をするべきなのか、いつも悩んでいた。あの時、この1本が自分の力となった。

 それまでも、たくさんの映画を見ていたし、今回この映画に特別な「何か」を期待したわけではない。なんとなく時間が出来て見るものもなかったから、見た。それだけだ。でも、今、いろんなことを考えるきっかけになった。そして、今、この映画と再会し、あの頃の様々なことを思いだした。いい時間だった。15歳の少年にとって、この作品の描くすべてが、心に沁みわたった。その理由がとてもよくわかる。いつ、どこで、出会うか、ということが、実はものすごく、大切なことなのだと、改めて思わされた。






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