次から次へと新作を発表していく深川栄洋監督作品。彼の持ち味がしっかりと生かされた秀作である。92歳の老婆を八千草薫(撮影当時82歳だったらしい)が演じる。彼女が、惚けはじめた今の自分と向き合いながら、その原点へと記憶を遡っていく。ぼけ防止のため、詩を書き始めた。そのことを通して、今の自分だけではなく、今までの自分を見つめなおしていくことになる。
映画は現在からスタートして、平成元年、昭和45年と遡り、昭和28年、さらには大正8年まで遡行する。92歳の現在から、6年後の98歳までをリアルタイムとして描き、同時に回想では、どこまでも戻っていく。少女時代の原風景に至る。八千草さんは、なんと昭和45年のシーンまでを演じるのだ。でも、まるで違和感はない。若々しい。(それ以前はさすがに無理なので檀れいが演じた。少女時代は芦田愛菜。)
どこにでもいるふつうの女性。ひとりの女の一生涯をこんなにも丁寧に描ききった映画がかってあっただろうか。名もない庶民の生涯にスポットを当てて、何一つドラマチックなことも特別なこともない。しかし、こんなにも素敵で胸に沁みてくる。2時間8分という上映時間は決して長くはない。彼女の98年のドラマとしては、短すぎるくらいだ。当然この映画は、ただの断片でしかないと思わされる。ここに描かれるものはいくつかの風景にすぎない。
劇的からこんなにも遠いのに、ただのバカ息子(武田鉄矢だ!)が可愛くて仕方ない親ばかでしかないのに、そんなどこにでもあるものでしかないのに、それが愛おしい。こんなにも胸に痛い。自分の母親も(まだ83歳なのに、)彼女と同じように惚けてきているから、それだけに身につまされる。(でも、うちの母は詩なんか書いてくれない。どうしようか。やばい。)