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映画・演劇のレビュー

『空に住む』

2021-05-11 16:45:27 | 映画

青山真治7年ぶりの新作が、こういう映画だったことに少し驚く。作家性の強い作品を作る彼がこんな風俗の表層をなぞるような題材を選ぶなんて意外だ、と思った。だけど、心配はいらない。映画はよくある「20代後半の女性の生き方を描く」作品にはならない。彼らしい透明感のある作品に仕上がっている。

最初この映画のポスターや宣材の多部未華子を見たときなんだか彼女じゃないみたいだ、と思った。その違和感に似た感触がこの映画の世界を形作る。自分はここにいるのに、ここにいるのが自分じゃないような気分。この映画はそんな気分が全編を貫く。とても不思議な映画である。映画自体は別に幻想的なお話ではなし、それどころか、ドラマチックを排して淡々と彼女日々の出来事を綴っている。(それは有名俳優との交際というドラマチックな展開すら含めて、だ)

この映画の最大の魅力はあのタワーマンションだろう。都心のセレブ御用達高層マンションの39階で住むことになった主人公(多部未華子)の戸惑いの日々がさらりとしたタッチで綴られていく。両親を交通事故で同時に無くし天涯孤独の身の上になった。そんな彼女が叔父からこの部屋を預かって優雅な空間でひとり(猫がいるけど)暮らすことになる。そのありえないほどの贅沢は傷心の彼女の心を慰めるわけではない。反対に不安ばかりが募る。納骨と49日を済ませ、職場に復帰する。郊外の出版社だ。仕事で都心から郊外へと通うことになる。日常が戻ってくる。だが、以前とは違うし、この先に不安ばかりだ。叔父夫婦は優しい。彼らがしっかりと支えてくれるから、心配はないはず。だけど、彼らの好意に甘えきれない。マンションで出会った有名俳優と付き合うことになる。彼もここに暮らしている。このありえないような出会いと交際は現実的ではない。彼は彼女のことを好きになったわけではない。たくさんいる恋人の一人でしかないのかもしれない。遊ばれているだけ、かもしれない。人の気持ちなんかわからない。だから彼女は夢のようなこの彼との付き合いに溺れるわけではない。セックスをしてもそれは現実的ではない。

出版社での仕事もなんだか夢のような感じだ。あくせく働いているというより、サークル活動でもしているようだ。彼らは田舎の古民家で仕事をしている。そこがオフィスだ。なんだかリアリティはない。彼女の暮らすタワマンもこの職場も、恋愛もすべてがフワフワしていて、現実感がない。それは両親の死という事実も含めて、であろう。

やがて、いきなり大事にしていた猫が死に、ほんとうにひとりになる。この先彼女がどうなるのか。彼女自身もわからない。自分が何をしたいのかも、何ができるのかもわからないまま、つきあっていた恋人もどきの俳優に取材してそれを本にする仕事を始める。それはよくあるタレント本ではない。きっと自分にしかできない企画だ、と思う。

彼女の周囲の人々はみんな存在感がない。ふわふわしている。先にも書いたように彼女自身がまずそうなのだ。この映画のタイトルからして、地に足のついていない浮遊感を象徴している。現実感のない空の高いところで暮らす。そんなところで、人が生きていけるわけがない。でも、彼女は今そこで暮らしている。こんなにも優雅で、これだけの豊かさのなかで、とんでもない不安に駆られている。でも、それを贅沢とは思えない。


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