定年退職したばかりの小学校の教師が、定年後どう生きるかを描く小説みたいなので、自分の今と完全にシンクロするから、興味津々で読み始めたのだが、思ったような小説ではなく、前半は少し期待外れだった。だけど、これはそんな小さなことを描くつまらない小説ではなく、もっと大きなことを描こうとした作品なのだ、と気づく。個人的な感慨ではなく、自分が世界とどう向き合うのかを小さな個人的な問題から描こうとした。
確かにこれは第2の人生とどう向き合うのか、という問題と取り組む。だけど、それだけではなく、それを2012年という設定からもわかるように東日本大震災からの復興を背景にしているから社会問題を絡める。震災の翌年被災地のボランティアに行く話でもある。そこで出会った人、見たことを通して彼らが自分と向き合うお話でもある。彼らと書いたけど、主人公の引退した教師は女性だ。でも、彼女がかかわりを持つ人たち(かつての教え子)との群像劇にもなる。だから彼女ではなく「彼ら」なのだ。彼女は自分がこれまで担任し卒業させたすべての子供たちに手紙を書く。今の彼らがどうしているのか、知りたいと思ったからだ。でも、返事はほとんどないし、大部分が移転先不明で戻ってくる。そんな中で、たった2人だけ、返事をくれた。そんなふたりとの交流からお話は動き出す。
いや、その前にもっと大きな事件がある。定年になった直後、事故で息子と身重の彼の妻が死ぬ。この春から小学5年生になる孫だけが残される。家族を亡くし身寄りは祖母だけになったそんな少年を引き取ることになる。息子の妻は再婚で少年は息子の実の子ではない。だから、祖母ではあるけど血のつながりはない。それまでほとんど交流のなかったふたりが共に暮らすようになる。しかも、彼は不登校児で、その対応をどうするか、という問題も横たわる。もうお話はてんこ盛りだ。
そういうことで、こういう設定だから、お話は「定年後の人生をどう生きるか、」とかいうテーマから大きく離れていくことになる。そこには戸惑うけど、これはこういう話なのだと割り切ると、それはそれで面白い。500ページを超える長編だが、一気に読ませる。
命の問題と向き合うだけではなく、教師としての生き方を問い直す小説でもある。大きなテーマと個人的なテーマはここに同時に混在する。
孫とふたりでの新生活のスタートとともに、ガンで余命幾許もない元教え子、無職で今は震災のボランティアをしている元教え子、彼らとの再会から始まる。さらには孫が通うことになる小学校で今働いている元教え子の教師も含めて、この3人の世代も異なる元教え子たちとの交流がお話を展開させていくことになる。自分に信念が揺らぐことになる。60年以上生きてきて、教職一筋でここまで来て、仕事を辞めたところから始まるとんでもない出来事の連続のなかで、どう生きていくことになるか。読み終えても彼女の第2の人生はまだ始まらない。ここから始まる。これはそんな小説だ。