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映画・演劇のレビュー

白石一文『かさなりあう人へ』

2024-01-04 10:23:24 | その他

今年に入ってまだ三日目だが、なぜか不思議な小説や映画ばかりを見ている。まぁ、「ばかり」と言ってもまだ3本目だが。いずれもある種のジャンルものなのだが、微妙におかしい。定型には収まらない。確信犯的にではなく、恣意的に、である。なんだか何も考えずにそうなっているような自然さなのである。偶然そうなっているだけだが、それがもしかして今年を象徴することだったりして。

 
さて、今はまずこの小説の話だ。これは一応は恋愛小説に分類される作品であろう。しかしいつまでたってもふたりは恋愛関係にはならない。お互いに自分のことを語るばかりだ。しかも相手に対してではなく、読者である我々に向けて、である。要するに独白のようなもの。なんとなくそれぞれの一人称で自分のことが語られていく。これまでの来歴、今の状況。相手を意識して相手への想いが語られていくのではない。だからもう3分の1以上読んだのに、ふたりは2度食事をしただけ。
 
出会いは普通じゃない。たまたま万引きをした彼女が(ケチャップ1本)警備員に捕まったところに行き合った彼が助けたことがきっかけ。助けたと言っても、彼女から「あなた!」と声をかけられて、夫のふりをさせられた。なんとしばらく行方不明になっていた夫を演じさせられたのだ。しかも彼はすぐに応じて演じた。いなくなっていた夫を偶然見つけて思わずケチャップを手にしたまま店を飛び出したという設定。
 
こんなアホな出会いから始まり,ふたりの話が描かれる。読み進めて、最後近くまできてようやくふたりは恋愛関係になるけど、やはりこれは恋愛小説ではない。終盤になってふたりの過去や秘密が描かれるけど、それを隠していたわけではない。彼女の亡くなった夫の恋人の話とか、彼の娘が家出してやってくるとか、いきなりそれまで描かれてない人物が登場したり、過去のエピソードが語られたり。ふたりの恋愛はまるで描かれないのに。
 
並列して語られていくふたりの来歴は、どこか重なり合うように見える。だからこのタイトルなのだが、それを明確にするわけではない。それどころが、曖昧なままだ。運命的な出会いだった、なんて言わない。そんなのは映画にでも任せておけばいい。(まぁこれも現実ではなく小説だけど)
 
52歳の男と45歳(くらい)の女。ふたりはこれから先の人生を自由に生きることにした。だけど何をすれば自由だと言えるのか、わからない。これからふたりはどうなるのかもわからない。最後は野球観戦(彼女の夫は彼女とここ東京ドームで野球を見ていて亡くなった)のシーンで終わる。彼が死ぬんじゃないか、と思う。もちろん死なない。
 
ここまで生きてきた。この先も生きていく。何があるかはわからない。だけど、ここからは自由に生きる。もう先は長くない。人生の終盤戦に突入する。だから後悔はしたくない。そんな想いがある。

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