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映画・演劇のレビュー

斜線堂由紀『愛じゃないならこれは何』

2022-01-09 10:18:04 | その他

これは強烈だわ、と思った。短編連作だけど、ぶれない一貫性を保っている。そして、描かれるものがタイトルそのままのストレートさ。しかも、愛というものの本質に迫ると同時に愛って何なんだという問いかけにもつながる。こういう形があるのか、という驚き。冗談じゃないよ、という恐怖。僕たちがふつうに思うことのかなり上で、お話が展開していくから、最初は笑ってしまった。でも、だんだん笑っている場合ではない気づく。

これは地獄だ。最初のエピソードは『ミニカーだって一生推してろ』。売れてない地下アイドルの熱烈なファンが、彼女のストーカーをする、という話ならごまんとある(だろう)。だけど、この小説はアイドルのほうがファンのストーカーをする話だ。でも、こういうことだってあり得ないわけではなかろう。やがて彼女が売れ出してたくさんのファンを獲得して人気者になってしまう。それと比例して彼女の彼への想いはエスカレートしていく。あげくは彼の家を捜し出し、忍び込むのだが・・・

どうなるのか、とドキドキする。短編小説だから、きっととんでもない顛末に至る、と思う。でも、ぎりぎりで回避される。そうはならないのだ。ほっとする。そして、地獄はこの先も続く。このギリギリというところがこの作品の肝だ。

続く『君の長靴でいいです』も同じだ。怖いところまでいくけど、踏みとどまる。10年間も一緒にいて、支えてくれた人が自分以外の女性と結婚するという。ショックで、壊れそうになる。と、こういうふうに書けばよくあるお話になる。だけど、このふたりの関係がふつうじゃないから。10年間で、彼女は有名なカリスマ・デザイナーになる。有名な写真家だった彼の無償の支援に支えられて。だけど、ふたりには恋愛関係はない。それどころか彼はふつうに自分以外の女性と結婚するという。(しかも、3年間自分に知らせず付き合っていたという)だけどそれは裏切りではない。彼は彼女のことを一番大事にしていると、妻になる人にも告げている。なんなんだ、それって、とふつうなら思うだろう。だけど、彼の中ではそれが素直な気持ちだ。純粋に彼女の才能と、支えあえる関係を大事にしている。こんな恋愛ありか、と思う。

それはこの後の3篇でも同じ。ふつうじゃない、が彼らにとってはふつうであり、今置かれている状況なのだ。関係は壊れない。壊したくないし。常識にとらわれては成り立たないし、常識って何? そんなふうに思わされる非常識な小説。でも、ここに描かれるリアルさに考えさせられる。僕たちは何に囚われているのか、と。

ただし、3話目以降のお話は最初の2編ほどには驚かない。ある種の枠内に収まる。あまりにぶっ飛んだ内容の2編の後なので、あれ以上を期待してしまったからか。いや、いくらなんでもあれ以上はなかなか思いつかなかったのか。しかも、最後の『ささやかだけど、役に立つけど』は3話目の続編で、3人のその後が描かれるのだけれど、そこにはまるで新しい展開がないから、退屈。さすがに飛ばしすぎたのか、息切れしている。


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