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映画・演劇のレビュー

『ゾウを撫でる』

2017-12-24 21:44:52 | 映画

 

佐々部清監督はこういう映画についてのお話が好きだ。映画自体が好きだから、そうなるのだろうけど、トリュフォーじゃないんだから、そんなテーマで1本の映画はなかなか作れないはず。世知辛い時代だからよけいに。なのに、彼は堂々とこんな地味な題材で1本の映画を作り上げてしまう。(2013年の作品で、実は4年間お蔵入りしていた。ようやく今年になって公開できたらしい。よかった!)

 

映画撮影とか、撮影所を舞台にした映画なんて今の時代作ること自体不可能だ。なのに、それを可能にした。(山田洋次は昔、『キネマの天地』という映画を作れたが、あんなのは例外)アマチュア映画の現場を描く甘ちゃん映画なら、自主映画で昔何本か見たことがある。でも、こんな時代に、今の時代の映画作りの現場を真正面から取り上げた映画なんて初めてのことではないか。映画館への愛を描く映画なら『ニューシネマパラダイス』を筆頭にたくさんある。(佐々部監督にも『カーテンコール』がある)でも、明らかにこれは違う。

 

1本の映画を巡る群像劇だ。寡作の映画監督が15年ぶりに新作を撮る。だが、時代はこの15年で変わってしまい、映画はフィルムからデジタルに移行してしまった。この映画(劇中劇の『約束の日』。どうして、それも『ゾウを撫でる』にしなかったのだろう)もたぶん、デジタルで撮影されるのだろう。(なぜか、そこには、触れられない。)監督にとっては、たぶん初のデジタル撮影になる。だが、気負いはない。今まで3本の映画を撮ってきた。いずれも、評判を呼んだ作品のようだ。でも、1本の映画を作るのは簡単ではない。そのへんの裏事情を描くバックステージものでもない。では、これは何なのか。

 

これから作られる1本の映画の周辺にいる様々な人たちの哀感を描く映画なのだ。映画が出来るという奇蹟を見て、それぞれが想うほんのちょっとしたこと。その連鎖が綴られていく。オムニバス・スタイルの映画である。だから、主人公は小市漫太郎演じる監督というわけではない。小さなお話を小さいまま、見せる。それはやがて1本の映画になる。これはそんなちょっとした奇蹟の映画なのだ。


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