沢木耕太郎「凍」


 世界的なクライマーである山野井泰史・妙子夫婦が挑んだギャチュンカン(7952M)北壁の登攀の様子を沢木耕太郎が描いたノンフィクションです。

 私も学生時代に夏山縦走中心ですが登山の経験があり、山岳関係の知識はある方なのですが、山野井さんの名前を聞くのは初めてでした。現地のシェルパ、ヤク(荷上げに使うヤギのような動物)を含めた大編成のチームを組み、ベースキャンプ、第1キャンプ、第2キャンプと前進しながら、最終的には隊長が指名したアタック隊員だけが登頂を目指すという旧来の方式ではなく、単独あるいは少人数で、ベースキャンプから一気に登頂を目指すアルパイン・スタイルで登頂を目指す。無酸素での短期間登攀なので、基本的にロープを使わずに簡単な確保のみのフリー・クライミング(道具に頼らない両手両足だけでの登攀)です。フリー・クライミングが主流となりつつあるのは何となく知っていたのですが、ヒマラヤをはじめとした8千M級の高座の壁でも実践されているとは知りませんでした。

 ギャチュンカン挑戦までの経緯も紹介されますが、山野井さん夫婦の山、壁、クライミングに対する純粋な気持ち、人柄も伝わってきて心が洗われるようです。

 最後は、垂直に近い2000メートルにも及ぶ壁を登ります。壮絶なドラマです。ルート開拓、技術面での困難、恐怖との闘い、直撃する雪崩、限界を超える寒さ、視力が失われた中での下降、絶壁でのビバーグ。最終的には山野井さんは凍傷で両手と右足の指の多くを失うことになりますが、リハビリを経て、現在も活動を続けられています(ホームページ「山野井通信」ご参照)。

 学生時代、山に憧れるきっかけとなったのは、新田次郎「孤高の人」や植村直己「青春を山に賭けて」などを読んで感動したからですが、これらの名作に並ぶ傑作が登場したと思います。

 沢木耕太郎にとっても久しぶりのいい本です。沢木耕太郎といえば我々の世代には立花隆、村上春樹などと並ぶカリスマの一人です。「一瞬の夏」、「深夜特急」など自分が当事者として登場するノンフィクションを読んで心が熱くなりました。その後はエッセイのような本が多くなりご無沙汰していましたが、山野井夫婦という素晴らしい登山家、人間との出会いがあり、新たなインスピレーションを得たのだと思います。この登攀については山野井氏自身も文章として書かれたり講演会で話されたりしているようなので、沢木耕太郎のオリジナリティという面では劣るかもしれませんが、沢木耕太郎が書かないと我々の眼に触れなかったという面もあるのでこれは素直に評価したいと思います。
 あとがきに「凍(とう)」は「闘(とう)」でもあるとありました。久しぶりに心から感動した作品です。



 最後になりましたが、あけましておめでとうございます。新年が皆さんにとってよい年でありますように。


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