沢木耕太郎「246」


 最近、バブル期前後を思い出させる本が何冊か発行されました。「気まぐれコンセプト クロニクル」、「リクルートのDNA」、「246」です。

 「気まぐれコンセプト クロニクル」は、ホイチョイプロダクションズによるビッグコミックスピリッツに連載されている広告業界を舞台にした世相を斬るといったコメディ4コマ漫画で、以前、おそらく「めぞん一刻」を目当てにスピリッツを読んでいた頃、熱心な読者という訳ではなかったのですが、斜め読みしていたような気がします。

 今回、1984年から2006年までの23年間の代表作がまとめられたのでバブル期の風俗回顧ということで手に取りました。970ページの大著なのでまだ読み終わっていないのですが、単純に懐かしいのとバブル期の狂気のアホらしさに笑えます。そういう私も普通に宴会芸で全裸になっていましたので他人事ではなく当事者です。漫画のところどころに当時の補足説明がされていて、スキー人口のピークは1993年の1770万人が2004年には760万人まで減ったというのを読むと、そうだよなあ、当時は今シーズン何回スキーに行ったかが挨拶がわりの会話だったし、○○スキー場の1級を取りたいと真剣に青春を賭けていた青年(これは私は他人事ですが)もいたなあなど、思い出に耽ってなかなかページが進みません。

 バブルで思い出すことの一つは、リクルート社員のモーレツぶりです。今の人にとってリクルートはリクナビやフリーペーパーなど身近な大企業の一つなのかもしれませんが我々の世代には当時の早朝から深夜まで働くのをよしとする「ハードワーク志向企業」の代表格です。バブル期は残業、残業、飲み、飲み、タクシー捕まらずで一般の企業、世の中も狂っていましたが、リクルートは抜きん出ていました。逸話は沢山ありますが、毎日終電で帰り、朝7時からの会議に出るなどちょっと信じられなかったです。実態は知らないので見聞ですが仕事で会ったリクルート社員も否定していなかったので本当だと思います。そしてあのノリです。当時、一度、東新橋のリクルート本社に何かで行ったことがあるのですが、エレベーターの中で「あれ、今、降りたの誰だっけ?」「チュータだよ」「あそうか、なんで挨拶しないの」「何かあったんじゃないの」「ガハハハ」のような会話を大きな声でしているのを聞いて、本当に大学のサークルみたいな会社なんだなと驚いたのを憶えています。

 そのリクルートを創った江副浩正氏のリクルート魂の解説書です。ほとんどは財界交遊録とリクルートの成長物語なのですが、第一章の「企業風土について」と第三章の冒頭にある「成功する起業家の二十か条」はリクルートの企業風土、企業家精神が理解でき、示唆に富みます。これからも読み返したいです。その他、リクルートの草創期にアルバイトとして立花隆がいてバリバリやっていたというのを読むと、一流の会社はアルバイトからして違うなと思いました。

 そして、沢木耕太郎の「246」です。これは、SWITCHという雑誌に掲載された1986年(昭和61年)の1月から9月までの日記です。
 ちょうど、「深夜特急」の校正、初めての小説「血の味」の執筆、キャパの伝記の翻訳などをしている時期の仕事、私生活(主に小さい娘さんとの交流)を記したものですが、作家などとの交流、深夜特急に書かなかったことの裏事情、作家の飲み生活などが伺い知れて興味深いです。沢木ファンにはたまらない面白さです。ちょうど大ブレイク前、そして深夜特急が出てブレイクして・・・文学界を中心に沢木耕太郎と関わりを持とうとする関係者とまだまだ一般人の沢木耕太郎との交流が新鮮です。それにしてもしょっちゅう飲んでいるのですが、新潟に行った際のエピソードでは、高級料亭の「行形亭(いきなりや)」でインタビューの仕事をした後、おそらく7~8時間で7軒の飲み屋・バーをハシゴしています。沢木耕太郎はいい意味でも悪い意味でも昔のタイプの作家なんだと思います。そうじゃないと文壇で親交のある吉行淳之介をここまで持ち上げません(あるトラブルの際に吉行の直々の依頼を断った村上春樹とは対照的です)。

 この頃の沢木耕太郎は大好きで、沢木耕太郎とクレジットのある雑誌はほとんど買って読んでいたと思います(このSWITCHの連載は知りませんでしたが…)。今、読み返しても勢いがあるというかワクワクする楽しさがあります。それは何といっても「敗れざる者たち」、「一瞬の夏」、「深夜特急」というリアルで熱い熱い本の登場人物であり、著者であることを知っているからです。そういう意味では、最も沢木耕太郎が輝いていた時期の記録なのかもしれません。それにしても上記の3冊同様に、沢木本人が登場する本の面白さです。この「246」を読んでこの頃の沢木作品はどうしてこんなに面白いんだろうかと考えていたのですが、単純に沢木本人が出ているノンフィクション(エッセイ)だからだということに気付きました。

 正直に言うと、沢木本人が作中に登場しないその後のノンフィクション、エッセイは全く詰まらなかったです。この本の中でも編集過程が触れられていますが短編集の「馬車は走る」を読んだあたりから、普通のノンフィクションは期待するほど面白くないことを驚きつつ感じるようになりました。「一瞬の夏」と「深夜特急」が余りにもインパクトが強かったので、通常では高く評価されてもよい作品がどれも期待外れに思えるのでした。以前書いた「凍」がおそらく15年ぶりくらいに読んだ沢木耕太郎の作品で、よい作品だと思いつつ、沢木耕太郎が登場する本人との交流を読みたいと思ったものでした。

 長くなりましたが、この作品はとても楽しめました。大好きな作家に厳しい感想ですが、全盛期を過ぎたスポーツ選手や著名人の苦悩を描くこともある沢木耕太郎本人も、「一瞬の夏」、「深夜特急」で確立したスタイルを超えられずにもがいている著名人の一人です。


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ZARD「TODAY IS ANOTHER DAY」


 先輩から20万円で譲ってもらった古い日産サニー(今から考えるともっと安くてもよかった筈、騙された?)が初めて所有した車でした。時速100kmを超えるとキンコーン、キンコーンと警告音が鳴り、ハンドルがブルブル震えました。2ヵ月乗らないとすぐにバッテリーが上がったので、用もなくドライブしたのですが、どこに行っていいのか分からず取り合えず湘南方面に南下しました。当時よくBGMで聴いたのが、「ウィルソン・フィリップス」とこのZARDのアルバムでした。

 デイビッド・リー・ロスの「カリフォルニア・ガールズ」のアレンジを物真似したような「マイフレンド」から始まって、「心を開いて」、「愛が見えない」やフィールド・オブ・ビューに提供した「突然」のセルフカバーなどが入っていて、アルバムとしてとても充実していました。私のおんぼろサニーの陳腐な内装の中で聴いてもとても爽やかな雰囲気を溢れさせてくれました。何度も何度も聴いたのでとても懐かしいです。

 その後は数種類のベストを聴くことが多くなりましたが、このアルバムに限らず名曲、佳曲ぞろいでZARDは大好きなアーティストです。

 今回、生年月日も数日違い、同じ福岡県出身(情報が本当かどうか分かりませんが)ということを知りました。自分が40歳だということに少しずつ慣れつつありますが、ZARD(坂井/蒲池)が40歳というのも驚きでした。

 素晴らしい数々の歌を本当にありがとう!心からご冥福をお祈りします。


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会津屋


 久しぶりの大阪出張ついでにたこ焼き屋を2軒、新規開拓してきました。たこ焼きの元祖「会津屋」と「福ちん」です。

 会津屋は、昭和8年にたこ焼きの原型のラジヲ焼き(蛸ではなく牛スジ、コンニャクなどを入れたもの)、昭和10年にたこ焼きを作ったまさに元祖なんだそうです。大阪駅(梅田)近くの梅三小路(大阪駅桜橋口を出てすぐ)にある支店で食べました。美味しいです。
 大好きな「くれおーる」のたこ焼きは「築地銀だこ」同様に具が少し凝っていて一玉が大きいので、昼ごはんにもなるタイプですが、この会津屋のたこ焼きは小さくてシンプルなので、3時のおやつに相応しい軽いスナック感覚です。12個で400円。薄くしょうゆ系の味が付いているので、何も塗らずにそのままペロッと食べられます。以前食べた「ヒロちゃん」もこんな感じでした。3個100円という単価も同じです。
 本格派の「くれおーる」に嵌っていましたが、このような軽いたこ焼きもいいです。今回、2度訪れ、たこ焼きの他、ラジヲ焼き、ネギ入りも食べましたが、こちらもいけました。

 「福ちん」は、福島という地域にあるたこ焼き居酒屋で、じゃこ入りなども変り種が有名でテレビや雑誌でもたまに紹介される店なんだそうです。たこ焼き、じゃこ焼きを食べましたが、色んな具が入っていて美味しかったです。夜だけの営業、居酒屋として利用しているお客さんが多く、軽くたこ焼きだけという雰囲気ではありませんが、また、ひと嗜好凝らした味を楽しめました。


〔11/11補足〕

 ダンチュウの記念号で大阪一たこ焼きの美味い店と紹介されていた天満の「うまい屋」に行ってきました。会津屋風の味付きたこ焼きですが、確かにうまいです。これが大阪一かどうかは好みですが、この味、昔ながらの店構え、安さは楽しく満足です。

 たこ焼きを食べる機会が多くなると(それでも出張ついでの3~4回ですが)、何度も食べた特徴ある店は少しずつ飽きてきて普通のオーソドックスなたこ焼きを美味しく感じるようになりました。
 最近は、JR大阪駅御堂筋口近く、梅田食道街に入ってすぐ右にある「はなだこ」のたこ焼きが一番好きです。



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リンダ・ロンシュタット「ザ・ベリー・ベスト・オブ・リンダ・ロンシュタット」


 オーディオ雑誌「いい音を選ぶ」の「上質の音で聴く超・名盤100」というコーナーで紹介されているディスクを最近参考にしています。クラシック編、ジャズ編は成る程と思える選択なのですが、ロック編はうーん?という内容になっています。
 選者は6ページを使って25枚を紹介しているのですが、そのうち9枚がベスト盤というこういう企画としては面白くない選択です(始めの見開きの8枚のうち5枚がベストなので特にその印象が強い)。大好きなミュージシャンの複数ある名盤の中から1枚を選ぶのは難しいというのは分かりますが、ベスト盤連発は・・・それはないんじゃないかと思いました。

 とは言え、紹介されているベスト盤の中で懐かしくなって買ったリンダ・ロンシュタットのベスト盤を聴いてびっくりです。
 それぞれの楽器がくっきりと浮かび上がったクリアな演奏、細かなニュアンスも捉えた飛び跳ねるような音響です。以前、アーノンクールのベートーベンを聴いた際にこれまで弦と金管の大きな音に隠れていた木管も含めて全ての楽器が前面に出てきて、こういう音楽だったんだと驚いた印象に近いです。
 モトは1970年代の録音が多いのですが、最近の録音といっても通じるような高音質です。

 (デジタル)リマスターについては、技術的にどういうことが行われているのかは不知なのですが、いずれにしても以前は雑音が取り除かれた程度の印象しかなかったのですが、ビートルズの「イエロー・サブマリン・ソングトラック」のリマスター盤から、それぞれの楽器の音が磨き上げられ、音の重ね方について新たに整理された再創造だということが理解できるようになりました。特に原典がモノ録音や不十分なステレオ期の演奏だとブラッシュアップすることによる聞こえ方はまるで違うので、新譜を出すに近い芸術的なセンス、判断が必要となります。
 ボブ・ディランのように現役で頑張っている人だと(技術的な難しさは除いて)権利・許認可の点では比較的作業しやすいのでしょうが、そうではない多くの昔の録音をいかに本質的な音楽の改変なしに生まれ変わらせるのか、ファンの要請も含めて難しい問題を抱えているとは思いますが、愛好者にはプラスは多いので、どんどん過去の音楽を現代に甦らせ、我々の耳を楽しませてもらいたいと思います。

 まだまだデジタルリマスターの成果が出揃っていないので一体どこまで出来るのかよく分からないのですが、個人的にはこれまで何度も何度も聴いたアルバムなんだけど、今のCDの音はもう少しなんとかなるのかなあと思える音質の愛聴盤のデジタルリマスターを希望します。

 個人的にはとりあえず3枚、ピンク・フロイド「ザ・ウォール」、スティービー・ニックス「ベラ・ドンナ」、ブルース・スプリングスティーン「ザ・リバー」です。

 音響のことばかり書きましたが、リンダ・ロンシュタットのストレートなロック・カントリー・ポップの歌唱が大好きです。最近の方にはディズニーアニメのアラジンの主題歌「サムウェア・アウト・ゼア」でお馴染みかもしれませんが、私には「マッド・ラブ」が大好きなアルバムでした。

 始めに雑誌の選択は野暮だと書きましたが、ベスト盤だからこそのリマスターで生まれかわった優秀なディスクばかりなのかもしれません。


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ビリー・ホリディ「ザ・ビリー・ホリディ・コレクション」


 最近は再びジャズ中心になってきました。「いい音を選ぶ」というオーディオ雑誌の「上質の音で聴く超・名盤 ジャズ編」で紹介されていたディスクと村上春樹の「ポートレイト・イン・ジャズ」で興味を持ったミュージシャンのものを少しずつ買って聴いています。

 これまではマイルス・デイビス、ビル・エヴァンス、ハービー・ハンコックにクリフォード・ブラウンくらいでしたが、ジョン・コルトレーン、ソニー・ロリンズ、チャーリー・パーカー、アート・ブレイキー、ウェス・モンゴメリー、リー・モーガン、アート・ペッパー、オスカー・ピーターソン、セロニアス・モンクといった巨人達を聴くようになりました。いいですね、ジャズも。聴き込めばこれまで同じに聞こえていた音楽、演奏が全然違うものだということが分かってきます。
 ジャズの名盤、売れ筋が、1950年代、1960年代ばかりというのはある意味、クラシックよりも過去の栄光頼みで業界の発展としては深刻なのかもしれませんが、50年代、60年代でもディスクの音がものすごくいいのがジャズの特徴です。クラシックの当時のモノ録音はよっぽどの内容でないとパスという感じですが、ジャズは演奏者と録音機の間の距離が短いせいか(?)、鑑賞上、全く問題ない高音質です。そうなると1957年だろうと2007年だろうと腕だけの勝負、現代は辛い(ようです)。

 加えて最近はボーカルにも踏み込むようになりました。エラ・フィッツジェラルド、ルイ・アームストロング、アニタ・オデイ、ヘレン・メリル。歌入りはなんとなくジャズの亜流のような印象があり敬遠してきたのですが、いいです。リラックスできるし、イメージにあるような即興で適当に歌っているのではなくその歌唱の水準の高さに痺れます。人間の声はクラシックでもそうですが、楽器以上の魅力があり好きです。

 そして、ビリー・ホリディに出会いました。おそらく多くの人がそうだと思いますが、私も名前は知っていましたが、どんな人か、どんな音楽か聞いたことはありません。村上春樹も上記本で激賞していたのですが、録音時期が1930年代と読むと、止めておこうかなあと思っていました。
 それが、ジャズの女性ボーカルを聴くうちに、音は悪いけどいいんじゃないかと思えるようになりました。後押ししたのは村上春樹による次の文章です。ネットでビリー・ホリディを調べるといろんなところ(ブログなど)に引用されていました。


    ビリー・ホリディの優れたレコードとして僕があげたいのは、やはりコロンビア
    盤だ。あえてその中の一曲といえば、迷わずに「君微笑めば」を僕は選ぶ。あい
    だに入るレスター・ヤングのソロも聴きもので、息が詰まるくらい見事に天才的
    だ。彼女は歌う、
    「あなたが微笑めば、世界そのものが微笑む」
    When you are smiling, the whole world smiles with you.
    そして世界は微笑む。信じてもらえないかもしれないけれど、ほんとうににっこ
    りと微笑むのだ。     (ここが音楽エッセイの最後です。)


 いい文章ですよね。コロンビア盤の3枚組CDを買い、まずは「When you are smiling」を聴きました。感動です。想像以上の良さです。イメージはグレンミラー楽団のイン・ザ・ムードのような(いい曲ですが)靄のかかった古臭い感じかなと想像していたのですが、古いけどリアルでクリアな音に驚きました。そして、すぐに好きになりました。村上春樹はこうも書いています。


     彼女のスイングに合わせて、世界がスイングした。地球そのものがゆらゆらと
     揺れた。誇張でもなんでもない。それは芸術というようなものではなく、すで
     に魔法だった。


 3枚全て聴きましたが、本当に世界がスイングします。村上春樹の文章は誇張ではないです。
 そして、しばらく聴き込むうちに気付いたのですが、ビリー・ホリディは聴いたことがありました。ウディー・アレンの映画の冒頭あるいは最後に流れていた音楽です(検証していないので分かりませんが)。あのプワァーンというウキウキする音楽。皆さん聴いたことのあるメロディです。

 このコロンビア盤はグラミー賞も取ったリマスター盤なんだそうです。1937年を中心とした音とは思えないクリアな音楽が聴けます。クラシックでは同時代に、1938年ウィーンでワルターのマーラー第9番などが録音されています。それに比べると1.3倍から1.5倍クリアな録音(リマスター)です。初めて聴く方には、このコロンビア盤をお勧めします(私は輸入盤、3枚組、3670円をタワーレコードで買いました。国内盤の情報はよく分かりません。)。


 ビリー・ホリディ、もし聴いたことがないのであれば絶対です。ジャズの感覚がお好きな方なら気に入ると思います。どうして現代ではマストアイテムと言われないのか不思議なくらいです。


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ムラヴィンスキー「チャイコフスキー交響曲第4・5・6番」


 4月に新たに聴いたクラシックCDの感想です。

・ムラヴィンスキー/レニングラード「チャイコフスキー交響曲第4・5・6番」

 交響曲ではコレクション入りしていなかった最後の定盤かもしれません。世評が高く聴きたいと思っていたのですがこれまで購入していませんでした。おそらくこの3曲には以前はカラヤン、最近ではゲルギエフ指揮の絶品といえるウィーンフィルの演奏があったのでこれ以上は不要と思っていたからでしょう。
 最近読んだ音響関係の雑誌のクラシックコーナーで多くの名盤に並んで勧めてあったのでようやく手に取りました。

 ド迫力の演奏です。もともとそういう音楽というのもありますが、ムラヴィンスキーによる確信のある厚くたたみ掛ける音楽、レニングラードフィルの金管の咆哮を(ソ連のオケとしては当時例外的な西側でのグラモフォン録音で)1960年ですがクリアな録音でくっきりと捉えていて圧倒されます。ムラヴィンスキーの指揮は直線的、強靭なのですが、決して音が硬くなることはありません。力任せではない圧倒的な迫力があるのに、音楽がしなやかに呼吸してメロディとして流れる。正に至芸です。カラヤンの演奏のようにロシアの極寒、広大な情景が目に浮かぶ訳ではないのですがチャイコフスキー節を堪能できます。

 3人の演奏を比較すると、第4番は第4楽章のハイテンポで凄みのある演奏が群を抜いていてムラヴィンスキー、第5番はウィーンフィルの共感を得たゲルギエフの感動的な高揚感に惹かれる、第6番はカラヤンの泣き落とし、オーケストラから引き出した美音も捨てがたい・・・という感じでしょうか。この3者の演奏はどれも素晴らしいです。


・ティーレマン/ミュンヘンフィル「ブラームス交響曲第1番 他」

 ティーレマンとミュンヘンフィルの組み合わせの作品には注目していて、モーツァルトのレクイエムなど試聴コーナーなどで聴いてきたのですが買いたいと思わせるような強い印象が残らなかったのでこれまでは見送ってきました。しかし、ドイツ音楽の直球ド真ん中であるブラ1の登場、これは買わざるをえません。

 腰の据わったブラームスらしい演奏ではあるのですが…数多の名演奏を聴き慣れた中ではピンときませんでした。2度目は念の為、大音響で聴きましたが、やはり普通の演奏に聞こえます。ところどころでテンポを落としたりと大物風の演奏もしますがその程度ですかというくらいです。デビュー盤のベートーベンの第5番、第7番もスローテンポでしたが決して真似事ではない説得力のある大きさを感じたのですが…。曲に忠実でハッタリのない真面目な指揮者なのか、ミュンヘンフィルとはもう少し時間がかかるのか。レヴァインも結果を残せなかったし、チェリビダッケの影を引きずっているのでしょうか。
 ティーレマンを初めて雑誌で見た時にベルリンフィルに向かって「君達はブラームスのことが分かっていない」と言ってのけたと読み、すげぇ奴だなと思ったのですが、少なくともこのブラームスの演奏を聞くだけでは、何故そんなにブラームスに自信があるのかよく分かりません。


・「グレン・グールドによるバッハ・ゴールドベルク変奏曲の再創造」

 このディスクは、グレン・グールドによる有名な1955年の演奏をデジタル的に記録し(詳しいことは分かりませんが指使いの時間、タッチの強度などを記録するのでしょうか)、それを現代のピアノで機械(?)が弾き、最新の録音で記録する=再創造するという企画モノです。興味本位で買ってしまいました。

 悪くないです。何といってもモトの演奏がいいので真似モノもよいです。もちろん微妙なニュアンスに違いがあり本物とは違うことは分かりますが音はクリアです。ただ、最近の技術の進歩で本家も1955年のモノ録音とはいえかなりクリアにリマスターされていて聴くのに違和感はないです。これが戦前のザァーという雑音入りの名演であれば、この再創造の意味もあったのかもしれませんが、これでは勝負になりません。
 楽しめますが、結局、グールドのよさを再認識して改めて、1955年盤を聴き直す事になりました。ただ、この演奏にはもう何度か聴いてみたいという面白さがあります。それが何かは分かりませんが(結局、何もないかもしれませんが)、遺伝子操作に近いこのような再創造技術で何か別のこともできるのかなあと興味は湧きます。


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中山康樹「リッスン~ジャズとロックと青春の日々」


 4月に読んだ本の感想です。

・中山康樹「リッスン~ジャズとロックと青春の日々」
 マイルスを聴け!でジャズ界では有名な中山康樹氏の自伝(的小説ではなく、自伝なのだと思いますがはっきりとは分かりません)です。私より15年近く前なのですが、どの時代も変わらないのだと思います、この音楽凄いよという遭遇体験、感動が購入した音楽ショップとの関わりとともに綴られています。この世代はビートルズ、ビーチボーイズ、マイルス・デイビスの新譜を青春時代に体験しているのでその印象の強さも強烈だろうと思います。私は80年代に青春時代の音楽を体験したことを幸運に思っていて、ビートルズ世代を羨ましいとは思わないのですが、おそらく音楽評論を職業とできるくらいの衝撃的な体験を得られたのはこの世代なんだろうなあと想像できます。
 当時のレコード屋事情、ジャズ喫茶、そしてジャズ専門誌の編集部に迎えられるまでの経緯が大阪弁のあっけらかんとした口調で語られ楽しく読めます。音楽を聴くということは、音楽ショップでディスクを買うということと密接、イコールだった時代へのオマージュのような作品です。
 また、聴きなれたビーチボーイズの「ペットサウンズ」はこう聴くんだ、こういうアルバムなんだという専門家ならではの深い聴き方、視点を知れたのも収穫でした(「ペット・サウンズ」のステレオ・リマスター盤を買い直しましたがとてもいいです)。


・村上春樹・和田誠「ポートレイト・イン・ジャズ」
 村上春樹が好きなジャズミュージシャン55人についてそれぞれ4ページで紹介する音楽エッセイ。ミュージシャンの評価、個人的な思い出、特に好きな1枚あるいは1曲の紹介で締めます。このような気軽に読めるエッセイは村上春樹の独壇場です。それぞれ1冊の評伝もあるような大物ミュージシャンの「断片」なんだけど、本質をついていて、楽しく読めます。村上春樹がこれらのミュージシャン、ディスクを深く深く聴き込んで来たからこそ可能なことなんだと思います。


・小西慶太「村上春樹を聴く。」
 村上春樹の小説などで取り上げられたジャズ、ポップ、ロック、クラシックの音楽、ディスクを細かく紹介している本です。それにしても、こんなに音楽出てたかなあというくらいの数です。小説がそのまま引用されていれば雰囲気が伝わったのでしょうが、ディスクの羅列なので、暫く眺めていると飽きてきました。

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 小説の感想は次のとおりです。


○圧倒的/痺れる/最高

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○高水準/読む価値あり

・吉田修一「悪人」
 朝日新聞に連載されていた小説なんだそうです。連載時に朝日新聞を取ってましたが気付きませんでした。長崎県出身の著者が九州弁爆発で描ききった作品。朝日新聞の連載小説なのに読売新聞の日曜版書評で絶賛されていたので手にしたところ、面白い!

・奥田英朗「家日和」
 家をテーマにしたユニーク系連作短編集。3冊出版されている精神科医・伊良部一郎シリーズよりこちらのほうが個人的に好みです。どこにでもある家庭のことだからなのかストンと落ちがあるわけではなく自然と途切れるように終わるのはウマイです(落ちがないのは締切に追われて仕方なくではないと思いますが…)。

○個人的には合わなかった

・桐野夏生「グロテスク」
 複数の視点から本質に迫る「OUT」のような展開にはどきどきしましたが・・・どの視点もドロドロした女の情念、エグさが凄まじく・・・ここまでハイテンションが続くとちょっと作り物臭く感じて、ノレなかったです。人物毎にメリハリつけたほうがよかったかも。


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山崎浩太郎「クラシックヒストリカル108」


 私のクラシックコレクター驀進時代(?)というのでしょうか、最もCDを買い、休日はクラシック音楽漬けだった日々は、社会人になり地方勤務から首都圏に戻ってきた平成5年(1993)からの5~6年だったと思います。時間があれば音楽ショップを巡っていたその頃にHMVのフリーペーパーの連載で山崎浩太郎氏を知りました。
 「はんぶる」という連載で、主に1960年のウィーンにおける演奏会の記録を様々なエピソードを織り交ぜながら紹介しているもので、当時の演奏会の雰囲気が生き生きと伝わってきて当時一番楽しみな読み物でした。クレンペラー、クンツ、グッドールの人物像など忘れられません。そのフリーペーパーをまとめて暫く保管していた筈なのですがどこかの段階で捨ててしまい、又読みたいなあと思っていたところ、この本をHMVで見つけました。

 ただ、この本はその「はんぶる」をまとめた本ではなく、山崎氏が得意とする戦前のライブ録音を中心としたディスク評論集なのですが、冒頭の「ヒストリカル私記~東京レコード店めぐり」が秀逸、個人的にこれほど興味深い文章も久しぶりで楽しめました。

 まず、山崎氏が何者かということ、あの連載がどのような経緯で始まったかということがようやく分かりました。そして、当時の音楽ショップであるHMV、WAVE、ヴァージン、タワーレコードの変遷、渋谷、六本木、新宿、池袋の街のショップ勢力図の移り変わりが山崎氏の回顧の中で語られており、当時を懐かしく思い出しました。
 それから長らく不思議に思っていたどうして海賊盤がある時期からあまり売られなくなったのかについての事情なども分かりました。当時はどのショップも独自のルートを持っていて入荷盤が違っていたので複数店を定期的に訪問しないと買い落としてしまう貴重な海賊盤があるかのように感じていました。店によってプッシュするディスクに違いがあるのは面白かったです。

 海賊盤だけでなくそれぞれのショップに今より特徴があって、ビルごとなくなりましたが六本木WAVEの1階でお香が焚かれていてジャンルを超えた不思議な企画モノのディスクが並べられていたこと(並びの青山ブックセンターと合わせて通好みの不思議な異空間を感じさせるエリアでした)、池袋のデパートに入っていた音楽ショップ(本誌によると「ディスクポート」?)で海賊盤を手に取り眺めていると「ベルリンフィルとのブルックナー8番です。発売予定だったんですがヴァントが気に入らなかったらしいんですよ。これはラジオ放送をCDにしたものです。どこが気に入らないのか分かりませんけどねえ」とかいつも話しかけてくる店員さんがいたり、今もたまに売られてますがモーツァルトのピアノ協奏曲のカデンツァで「パヤ、パヤパヤ」みたいなジャズを真面目にやってしまうCDを「抱腹絶倒、一家に1枚、絶対に買い」と勧めてあったり・・・懐かしいです。もうカラヤン、バーンスタインは死んでいましたがまだ業界に勢いがあり、聴きたいディスクばかり、お金がいくらあっても足りないという感じでした。

 そういう時代を思い出させてくれた貴重な本です。紹介されたディスクの中に聴いてみたいオペラがあったのでないだろうなと思いつつHMV、タワーレコードに行ってみましたが、その曲のコーナーには代表盤すらも置いていない状況、マイナーレーベルの戦前のライブ盤など期待すべくもない・・・仕方ないですね。欲しいディスクがマイナー系ならこれからはネット予約が確実です。

(HMVのフリーペーパーに連載されていた「ウィーン/60」は山崎氏のホームページに掲載されていました。)


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