今年は暖冬かと思いきや、なかなか厳しい季節を迎えています。日本海側ではずいぶんな大雪のようですが、元来、雪国に生まれ育った私としては、心配するよりも何かしら古き良き時代を懐かしむ気持ちの方が強い今日この頃です。今朝がた、愛犬ゴンタと30分ばかりお散歩をしましたが、ここ大阪は「晴れ」。寒いけれども、新年の清々しさを感じる朝を迎えています。玄関口の石垣に植えた多肉植物の朧月(おぼろづき)が、寒さにもめげず、まるで花のように弁を広げています。
さて、新年早々の1週間は、月曜日から金曜日まで毎日、新年会でした。月曜日は官民合同の新年互礼会、火曜・水曜は職場の、木曜は経済団体の、そして金曜は広島の職場の新年会でした。暦が変わっただけで、現実は何も変わってはいないのに「あけましておめでとうございます」って、なにか変?でも、これもひとつのメリハリなんでしょう。

ところで、先週の金曜日は、夕方7時から始まる新年会の前にいくつもの懸案があって、自宅を出たのは夜明け前の午前5時45分、それでもバス停には5人ほどが待っていました。私鉄からJR環状線に乗り換え、大阪駅で京都線に乗り換えて、淀川鉄橋を渡ったあたりで徐々に明るくなり始める、そんな早朝のことでした(写真)。ふと思ったのですが、早朝は、みんな黙々と歩いている、黙々と電車に乗っている。日中の騒々しさは全くなし。身体は動いているけれど、みんなまだ眠っていました。
その日、広島を発ったのは夜の9時を過ぎていました。帰りの新幹線のなかで、なにかどっと疲れを感じて、でも気を取り戻して、例のごとくワインを飲みながら、須賀敦子全集第3巻を読み終えました。で、面白い表現だなあと思ったことがありました。「エッセイ/1993~1996」」の最初に登場する「塩一トンの読書」です。なんだろうと読んでいくと、ミラノで鉄道員の息子ペッピーノと結婚して間もない頃、姑から「ひとりの人を理解するまでには、すくなくとも、一トンの塩をいっしょに舐めなければだめなのよ」という話を聞いたことから始まります。はじめきょとんとしていた須賀さんは、塩なんてたくさん使うものではないから、舐めつくすには相当な長い時間がかかる、気が遠くなるほどつきあっても、人間はなかなか理解しつくせないものだ、ということを理解します。そのあと、須賀さんは古典といわれる作品を読むときの譬えに広げていきます。
塩1トン、うまい譬えだなあと思いました。身近にいる家内とは30数年一緒に暮らしていても、まだまだ知り尽くせていないところがある。職場の一人ひとりになれば、なおさらです。新年会で親しくご挨拶をする関係ではあっても、会社の規模が拡大するにつれて、むしろ人の理解は浅くなってはいないか。これが何十万人もの従業員を抱えるグローバル企業であれば、まさに「仕事」を軸にした関係性しか、存在しない?いやいや、それほどに人間理解というものは、難しいということです。塩1トンの譬えは、さまざまな関係性を気づかせてくれました。
.....そんな次第で、全集第3巻は、新神戸駅を通過したところで読み終えました。昨年11月から読み始めた須賀さんの全集、いよいよ第4巻目に入ります。でも、どこまで深読みしているかは自信がありません。隙間時間の読書で、私は、須賀さんのエッセイに心地よい音楽を耳の奥に感じながら、きわめて感性的に眺めている。都会の喧騒のなかにあって、イタリアはトスカーナの田舎道を歩いているような錯覚さえ覚えながら。
昨日は、お正月と孫の世話で大忙しだった家内の慰労を兼ねて、午後、早めに職場を離れ、大阪の街を散策しました。そして、とある小さな地鶏料理専門店で、ふたりの新年会を開きました。実はこのお店、年末にある若いご夫婦と一緒に食事をしたお店です。新婚早々のお二人、そして30数年連れ添った夫婦、「一トンの塩」の意味の大きさを改めて思いながら、美味しい地鶏料理とお湯割り焼酎を楽しみました。
さて、新年早々の1週間は、月曜日から金曜日まで毎日、新年会でした。月曜日は官民合同の新年互礼会、火曜・水曜は職場の、木曜は経済団体の、そして金曜は広島の職場の新年会でした。暦が変わっただけで、現実は何も変わってはいないのに「あけましておめでとうございます」って、なにか変?でも、これもひとつのメリハリなんでしょう。

ところで、先週の金曜日は、夕方7時から始まる新年会の前にいくつもの懸案があって、自宅を出たのは夜明け前の午前5時45分、それでもバス停には5人ほどが待っていました。私鉄からJR環状線に乗り換え、大阪駅で京都線に乗り換えて、淀川鉄橋を渡ったあたりで徐々に明るくなり始める、そんな早朝のことでした(写真)。ふと思ったのですが、早朝は、みんな黙々と歩いている、黙々と電車に乗っている。日中の騒々しさは全くなし。身体は動いているけれど、みんなまだ眠っていました。
その日、広島を発ったのは夜の9時を過ぎていました。帰りの新幹線のなかで、なにかどっと疲れを感じて、でも気を取り戻して、例のごとくワインを飲みながら、須賀敦子全集第3巻を読み終えました。で、面白い表現だなあと思ったことがありました。「エッセイ/1993~1996」」の最初に登場する「塩一トンの読書」です。なんだろうと読んでいくと、ミラノで鉄道員の息子ペッピーノと結婚して間もない頃、姑から「ひとりの人を理解するまでには、すくなくとも、一トンの塩をいっしょに舐めなければだめなのよ」という話を聞いたことから始まります。はじめきょとんとしていた須賀さんは、塩なんてたくさん使うものではないから、舐めつくすには相当な長い時間がかかる、気が遠くなるほどつきあっても、人間はなかなか理解しつくせないものだ、ということを理解します。そのあと、須賀さんは古典といわれる作品を読むときの譬えに広げていきます。
塩1トン、うまい譬えだなあと思いました。身近にいる家内とは30数年一緒に暮らしていても、まだまだ知り尽くせていないところがある。職場の一人ひとりになれば、なおさらです。新年会で親しくご挨拶をする関係ではあっても、会社の規模が拡大するにつれて、むしろ人の理解は浅くなってはいないか。これが何十万人もの従業員を抱えるグローバル企業であれば、まさに「仕事」を軸にした関係性しか、存在しない?いやいや、それほどに人間理解というものは、難しいということです。塩1トンの譬えは、さまざまな関係性を気づかせてくれました。
.....そんな次第で、全集第3巻は、新神戸駅を通過したところで読み終えました。昨年11月から読み始めた須賀さんの全集、いよいよ第4巻目に入ります。でも、どこまで深読みしているかは自信がありません。隙間時間の読書で、私は、須賀さんのエッセイに心地よい音楽を耳の奥に感じながら、きわめて感性的に眺めている。都会の喧騒のなかにあって、イタリアはトスカーナの田舎道を歩いているような錯覚さえ覚えながら。

昨日は、お正月と孫の世話で大忙しだった家内の慰労を兼ねて、午後、早めに職場を離れ、大阪の街を散策しました。そして、とある小さな地鶏料理専門店で、ふたりの新年会を開きました。実はこのお店、年末にある若いご夫婦と一緒に食事をしたお店です。新婚早々のお二人、そして30数年連れ添った夫婦、「一トンの塩」の意味の大きさを改めて思いながら、美味しい地鶏料理とお湯割り焼酎を楽しみました。