初秋の季節、兄の一周忌法要のため1年ぶりに帰省してきました。滅多に帰省しないので、久しぶりに標高1,142メートルの船通山の登山口にある温泉民宿「かたくりの里・民宿たなべ」で一泊しました。日本三大美肌温泉の名のとおり、アルカリ性単純泉が身体中にまとわりつく、そんな素朴な温泉が、私は大好きです。 山の中の一軒家です。お客は私を含めて3組、広島と岡山からおいででしたが、知る人ぞ知る、そんな温泉です。女将さんによれば、先日、NHKテレビの「鶴瓶の家族で乾杯」の取材があったようでした。
温泉に浸かったあとは、秋の虫の音をBGMに、家内と二人で美味しい地酒をいただきながら、岩魚・山菜・キノコ料理に舌鼓を打ちました。お酒がすすんだのか、それとも故郷の山懐に安堵したのか、その夜はぐっすりと眠りました。2年前に泊まった時もそうでした。家内がテレビを見ている間に眠ってしまい、気がつけば朝の5時。完璧といってもよい熟睡でした。こんな深い眠りは、滅多にありません。ただただ眠るのみ。このまま死んでしまっても、なんの悔いもない。山の神様に心身ともに預けてしまったように、深い深い眠りの前に触れ伏してしまいました。
そうそう、法要後の会席にご出席の町の方から、太陽別冊「日本の教会をたずねて」を見せていただきました。その中に、横田相愛教会(写真:通りの右側に見える赤いとんがり帽子の建物)が数頁にわたって紹介されてありました。文化庁の登録有形文化財の指定を受けたこの建築物は、大正12年に竣工して以来、独特の存在感を示しています。子どもの頃には、日曜学校に通っていた時期がありました。町の郵便局として使われていた時期もあります。大学受験の願書も、この郵便局から送りました。現在は、元どおり日本キリスト教団の教会です。古いものと新しいものが入り乱れながら、過疎化の進む故郷は今もしっかりと息づいています。
さて、話はがらりと変わりますが、先日、BSプレミアムで放映された「小澤征爾 復帰の夏 ~サイトウキネンフェスティバル松本2013~」の録画を、昨日、興味深く見ました(聴きました)。小澤さんの指揮で、モーツァルトのディヴェルティメントと歌劇「こどもと魔法」がありました。「サイトウ・キネン・フェスティバル松本Gig」では、ジャズピアニスト大西順子トリオの登場でした。ベースはレジナルド・ヴィール、ドラムスはエリック・マクファーソンです。小澤&サイトウ・キネン・オーケストラとの初共演によるガーシュウィンの「ラプソディー・イン・ブルー」は、クラシックとジャズのスリリングな演奏が素晴らしく良かった。久しぶりに感動しました。 この演奏会が実現した経緯が、先日発売された季刊誌「考える人」に掲載されています。村上春樹さんの寄稿「厚木からの長い道のり」です。それによれば、......大西さん最後のライブが厚木の小さなジャズクラブであった。大西さんの演奏を高く評価している村上さんと小澤さんは、その夜、その場にいた。演奏が終わり、大西さんが最後に感無量のおももちで「残念ながら、今夜をもって引退します」と宣言した。すると小澤さんがすくっと立ち上がって「おれは反対だ」と叫ぶ。(そのときのどよめきが聞こえてきそうです。)その後、二人の間でなんども話し合いが持たれた。それがサイトウ・キネン・フェスティバル松本Gigに繋がっていった......。ということのようでした。
あのマエストロの凄さ、その熱意に応えた大西さん。前段の大西順子トリオの演奏(So Long Eric、Meditation、Eulogia ~ No.15)を舞台の両袖で聴いていたオーケストラの面々。クラシックとジャズという一見異質とも思われる演奏が、その日、ひとつになった。奇をてらうでもなく、そこには正真正銘の「ラプソディー・イン・ブルー」があった。この寄稿に気づかなかったら、この素晴らしい演奏会の、もうひとつの意味、演奏者たちの「心」「思い」を知らずに終わっていたことでしょう。人の出会いが新しい世界を創る。心が動きます。いずれ私も、現地・松本市でサイトウ・キネン・フェスティバルを体感したいものです。
この世の中、いろんな人たちがいろんな思いを胸に抱きながら精一杯生きています。過去と現在そして未来が、混ざり合ったり、ばらばらになったり。あっちをむいたり、こっちをむいたり。でも、なんとなく行先はぼんやりと見えている。そうなんでしょうよ。きっと。