りきる徒然草。

のんびり。ゆっくり。
「なるようになるさ」で生きてる男の徒然日記。

陽のあたる場所。

2021-06-23 | Weblog
3年前の今日。

自宅で介護生活を続けていた父の容態が急変し、病院へ救急搬送された。
予断は決して許されず、その日の夜、誰かが病室で付き添うことになったのだが、高齢の母にさせるわけにはいかないので、長男のワタシが付き添うことにした。


覚悟は、出来ていた。


もしかしたら、父と過ごす最後の夜になるかも知れない。
心のどこかに、そんな気持ちが生まれていた。

付き添いをする前にいったん帰宅して、1日分の着替えと財布と携帯、そして、1冊の本を本棚から引っ張り出してバッグに入れると、ワタシは再び病院へ向かった。

家族や近しい親戚が帰宅し、日付が変わった頃、ベッドに横たわる父と二人きりになった病室で、ワタシは家から持って来た本をバッグから取り出し、父の横でページをめくりはじめた。

それから、約6時間後。
2018年6月24日 午前6時20分。
朝の訪れとともに、父は永眠した。
静かな、まるで眠るような旅立ちだった。

夜通し読んでいたその本は、主人公の誕生前後から物語が始まり、やがて上京してミュージシャンとなり、悪戦苦闘の末に大成して、デビューから10年目に行われた代々木オリンピックプールでのコンサートを、癌で闘病中の父が車椅子で観賞する場面まで読み進んでいた。





その本・・・「陽のあたる場所」は、浜田省吾のサクセスストーリーであると同時に、昭和という時代を広島と東京で必死に生き抜いたひと組の父子の物語だ。

病院へ向かう時、何故咄嗟にこの本を選んでバッグの中に詰め込んだのか、あの時は自分でもよく分からなかったのだが、今なら自分なりに理解できる。



ワタシは、怖かったのだ。



覚悟していたと言いながら、すでに意識がなく、命の輪郭がおぼろげになり始めた父の姿を受け入れることが怖くて怖くて怖くて、まるで聖書のように、この本に救いを求めたのだと思う。



           ◆



あの日以来、「陽のあたる場所」は読んでいない。

20代の時に購入し、それ以降、何度も読み返した本なのだが、あの日病室で読んで以来、表紙を眼にしただけで、父の間際を思い出すようになってしまった。

しかし、そんな心持ちも時間を経て変化しはじめたのか、最近になって、またページをめくってみたいと思うようになった。

父が鬼籍に入って3年が過ぎ、ワタシだけでなく、母や弟をはじめ、家族みんな、すでに「父のいない日常」を受け入れて日々を暮らしている。

そしておそらく父も、あちらの世界での暮らしに、もう慣れた頃ではないだろうか。

同じ本であっても、ワタシがまだ「父の子」だった3年前と、もう完全にそうではなくなった今とでは、また違った景色に出会えるような気がする。

久しぶりに枕元に置いて、眠りにつく間際に、またページをめくってみようか。


お父さん、そっちはどうね?
もう、天国には慣れたかいね?
こっちは、みんな元気じゃ。
うん、元気にしとるよ。
コメント
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