つくづくこの世界は膿んでいると思わずにはいられない。
いや、時代といったほうが適切かも知れない。
ひとつの時代が芽生え、成長し、爛熟、そして停滞疲弊し終わりを迎え、また新たな時代へと移り行く。
差し詰め今は疲弊期に入ったあたりか。
どうしてそう思うのだろう。
世界は二つの層にはっきりと分かれつつあり、下層に沈んだ者たちは浮かび上がる機会と気力も奪われる。
肌身にびしびしと伝わってくるのは、本来ならば人を平等にする術の教育が無情な篩になっているという現実。
子供たちはいつも時間に追い立てられ、想像し考える余裕をなくしている。
機械的に与えられたことを行い、あるいはなんとなく滑ってやり過ごす。
時には教育、指導の名の下に疲労の極限にまで体と心を酷使させられ、罵詈雑言を浴び、その存在を否定され、挙句の果てには体調不良や怪我さえも自己責任と責め立てられる。
カルト宗教の洗脳か、胡散臭いセミナーか、ブラック企業の社畜製造か。
こうして感情を抹殺し、思考停止した顔のないコマンダーが出来上がる。
脅し文句は、「これくらいに音を上げては、社会に出てから大変だ」。
きっと狭い世界で、しかも教育する立場の者も過剰な業務、長時間勤務、数多の禁止事項と神経を狂わせる環境にいて、ゆとりのあるその場にふさわしい判断を下せないのだろう。
どこかで掛け違えられたボタンはさらに悪化の一途を辿っている。
極端は何事にもよろしくないが、今の教育システムは健全に生きたいと願う人にとって悪でしかないと感じられる。
これでは、不登校、自殺者が増加するばかりではないか。
この世に生を受けた尊い命。
まだまだ不完全な人の尊厳だけれど、幻でも人権という観念があるのだから、子供たちの未来を奪い、価値のないものとするような教育システムを改めてもらいたい。
いや、時代といったほうが適切かも知れない。
ひとつの時代が芽生え、成長し、爛熟、そして停滞疲弊し終わりを迎え、また新たな時代へと移り行く。
差し詰め今は疲弊期に入ったあたりか。
どうしてそう思うのだろう。
世界は二つの層にはっきりと分かれつつあり、下層に沈んだ者たちは浮かび上がる機会と気力も奪われる。
肌身にびしびしと伝わってくるのは、本来ならば人を平等にする術の教育が無情な篩になっているという現実。
子供たちはいつも時間に追い立てられ、想像し考える余裕をなくしている。
機械的に与えられたことを行い、あるいはなんとなく滑ってやり過ごす。
時には教育、指導の名の下に疲労の極限にまで体と心を酷使させられ、罵詈雑言を浴び、その存在を否定され、挙句の果てには体調不良や怪我さえも自己責任と責め立てられる。
カルト宗教の洗脳か、胡散臭いセミナーか、ブラック企業の社畜製造か。
こうして感情を抹殺し、思考停止した顔のないコマンダーが出来上がる。
脅し文句は、「これくらいに音を上げては、社会に出てから大変だ」。
きっと狭い世界で、しかも教育する立場の者も過剰な業務、長時間勤務、数多の禁止事項と神経を狂わせる環境にいて、ゆとりのあるその場にふさわしい判断を下せないのだろう。
どこかで掛け違えられたボタンはさらに悪化の一途を辿っている。
極端は何事にもよろしくないが、今の教育システムは健全に生きたいと願う人にとって悪でしかないと感じられる。
これでは、不登校、自殺者が増加するばかりではないか。
この世に生を受けた尊い命。
まだまだ不完全な人の尊厳だけれど、幻でも人権という観念があるのだから、子供たちの未来を奪い、価値のないものとするような教育システムを改めてもらいたい。