銀河太平記・212
シュビィーン! ズズーン! ドゴゴーン! ダダダダ! ビビビビ!
パルス弾、実体弾、レーザー、ミサイル、ドローン、新旧様々な弾やエネルーギー波が飛び交う中で、壮絶な戦闘が繰り広げられている。
静かの海は、月面の中では最も広く平坦な地面が広がっているところだ。それが静かに凪いだ海を思わせるところから古くから静かの海と呼ばれてきた。
月は火星に先立つこと80年、21世紀の後半から開拓が進められてきた。
南極条約に準じて、ベース以外では領土を設定しないことになっていたが、豊富な地下資源を目の前にして、紳士協定でしかない月面開発協約は空文化していた。
各国は基地の概念を、それぞれのベースが置かれているクレーター全域に拡大し、月面の半分は事実上分割されていた。アメリカや漢明は50以上のクレーターを自国領にしている。扶桑幕府も遠慮がちにだが、パスカルやピタゴラスなど大小八つのクレーターを天領として保有してきた。
クレーターは隕石の衝突によって形成されるが、衝突の衝撃で地層が攪拌され、鉱物資源が露頭していたり、地表近くに現れて採取や採掘が容易なんだ。
しかし、静かの海とかの平坦地は、地下深くに資源が潜ったままで、21世紀の海底資源のように採掘が難しい。
そこで、火星に比べて開発面積の狭い月面の状況を鑑み、日本のK首相が声高らかに『異次元の月面開発!』を提言したのが四半世紀前。
「大規模な共同事業で、月面開発の新時代を開こう!」
月面有数の平坦地である静かの海は、地下資源は地中深くにあって、開発コストが高くつくため、各国ともに進出も開発も控えてきた。
K首相は21世紀中葉、深海域に分布していたメタンハイドレードや石油の開発に成功し、一躍日本を資源輸出国に押し上げたように、資源革命を月で行おうとしたのだ。
K首相は、この月面最大の平坦地を共同開発することによって、地球では夢物語に終わったグローバリズムの世界を実現しようと提言し、地球各国の資本、技術、労働力を集約する旗頭になった。
『静かの海はうさぎの顔にあたります。みんなで力を合わせ、うさぎを笑顔にして美味しいお餅をつきましょう(^▽^)/』
日本のスローガンを3Dホログラムにして全世界に広め、一応の事業計画はたった。
みんなも知っていると思うんだが、静かの海がうさぎの顔に見えるのは日本だけだ。
ヨーロッパやアメリカではカニの鋏だし、中東ではライオンの腰に見えている。
誤解や曲解、思惑違いや思い違い、それに文化や宗教の違いに経済感覚の違い、互いに他力本願で他罰的な理想主義がぶつかるのは目に見えていた。
実際、開発は資金や技術開示の問題、小さなところでは試掘プラントでの待遇や、食事メニューのもめ事で行き詰ってしまった。
百年、二百年前の地球なら、全責任を日本に押し付けて撤退しておしまいになる。底意地の悪い一部の国は謝罪と賠償を要求したかもしれない。
しかし、なまじ日本だけが本気で取り組んだために、技術的な見通しだけはついてしまった。
各国は、事業からは撤退しながらも、将来の可能性に掛けて静かの海の部分的領有権や採掘権を主張し、20年前に壮絶な『静かの海戦争(日本では事変と矮小化して呼ぶ)』を引き起こしたんだ。
その戦争の真っただ中に、姉崎先生は日本の開発区を守るための傭兵として、地を這うような戦いの中に居た。
シュビィーン! ズズーン! ドゴゴーン! ダダダダ! ビビビビ! ドゴゴーン! ダダダダ! ビビビビ! シュビィーン! ズズーン! ドゴゴーン! ダダダダ! ビビビビ!
パルス弾や実体弾が飛び交う中、俺たちが知っているよりもいくぶん若く、小気味よく駆けていく先生。
「すごい、ジャンプでパルス弾避けた!」
ピシュンピシュン! ズズーーン!
「え、アサルトで実体弾破壊した!」
いくぶん義体化はしているんだろうけど、その落ち着きと戦闘力は、軍警の俺が見ても超人的だ。
ダダダダダ
実体銃の射撃を受け、ジャンプと前転を繰り返して弾を避ける!
え?
ちょっとした違和感を感じてモニターを停める。
「え、どうかした?」
ミクが二つ目のお握りに伸ばす手を停めた。
数コマ戻して、先生の胸元をアップにする。
「おい、これを見ろ……」
胸元で揺れているドッグタグを拡大する。
「え、なんで……」
先生のドッグタグには『姉崎すみれ』というミスマッチだが慣れ親しんだ名前ではなく『山野勘十郎』という、見かけにはピッタリの、しかし、俺たちには馴染みのない名前が彫られていた。
☆彡この章の主な登場人物
- 大石 一 (おおいし いち) 扶桑月面軍三等軍曹、一をダッシュと呼ばれることが多い
- 穴山 彦 (あなやま ひこ) 扶桑幕府北町奉行所与力 扶桑政府老中穴山新右衛門の息子
- 緒方 未来(おがた みく) ピタゴラス診療所女医、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
- 平賀 照 (ひらが てる) 扶桑科学研究所博士、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
- 加藤 恵 天狗党のメンバー 緒方未来に擬態して、もとに戻らない
- 姉崎すみれ(あねざきすみれ) 扶桑第三高校の教師、四人の担任
- 扶桑 道隆 扶桑幕府将軍
- 本多 兵二(ほんだ へいじ) 将軍付小姓、彦と中学同窓
- 胡蝶 小姓頭
- 児玉元帥(児玉隆三) 地球に帰還してからは越萌マイ
- 孫 悟兵(孫大人) 児玉元帥の友人
- 森ノ宮茂仁親王 心子内親王はシゲさんと呼ぶ
- ヨイチ 児玉元帥の副官
- マーク ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス・越萌メイ バルス ミナホ ポチ)
- アルルカン 太陽系一の賞金首
- 氷室(氷室 睦仁) 西ノ島 氷室カンパニー社長(部下=シゲ、ハナ、ニッパチ、お岩、及川軍平)
- 村長(マヌエリト) 西ノ島 ナバホ村村長
- 主席(周 温雷) 西ノ島 フートンの代表者
- 及川 軍平 西之島市市長
- 須磨宮心子内親王(ココちゃん) 今上陛下の妹宮の娘
- 劉 宏 漢明国大統領 満漢戦争の英雄的指揮官 PI後 王春華のボディ
- 王 春華 漢明国大統領付き通訳兼秘書
- 胡 盛媛 中尉 胡盛徳大佐の養女
※ 事項
- 扶桑政府 火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる
- カサギ 扶桑の辺境にあるアルルカンのアジトの一つ
- グノーシス侵略 百年前に起こった正体不明の敵、グノーシスによる侵略
- 扶桑通信 修学旅行期間後、ヒコが始めたブログ通信
- 西ノ島 硫黄島近くの火山島 パルス鉱石の産地
- パルス鉱 23世紀の主要エネルギー源(パルス パルスラ パルスガ パルスギ)
- 氷室神社 シゲがカンパニーの南端に作った神社 御祭神=秋宮空子内親王
- ピタゴラス 月のピタゴラスクレーターにある扶桑幕府の領地 他にパスカル・プラトン・アルキメデス
- 奥の院 扶桑城啓林の奥にある祖廟