大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

勇者乙の天路歴程 011『視界が開けると糺の森に似て』

2024-03-28 10:34:01 | 自己紹介
勇者路歴程

011『視界が開けると糺の森に似て』 




 森の出現に歩みを止めると、視界が開けてきた。

 駅からここまで、見えているのは幼稚園の園庭ほどでしかなく、その周囲は霞が立ち込めたように煙っていた。

 それが……

 目の前に森が出現すると、俄かに開けて視界が東京ドームほどに広がった。

 草原の左側には川が流れて、前方でYの字に分かれ、森はそのYの字に挟まれて奥に続いている様子だが霞に紛れてはっきりしない。

 Yの字によって三分割された地面は橋によって結ばれて往来は自由のようだ。

 Yの字の縦棒を跨ぐ橋に行って森を見晴るかすと既視感がある。

「糺の森に似ています」

 ビクニの言葉で既視感はデジャブではなく記憶として蘇ってきた。

 子どもの頃は親父に連れられて、高校生の頃は友だちといっしょに、学校を出てからも友人たちと、職に着いてからは生徒を引率して遠足で。
 遠足の時は出町柳で京阪を降りて十分ほどで、それ以前は三条で降りて川端通りを歩いた……そうか、いままで歩いてきた道は川端通りにあたる。

「いいえ、あそこまでは安達ケ原です」

「アハハ、そうだったな」

「デジャブはわたしです」

「え?」

「見たもの出会ったものによって姿が変わる」

「あ、そうだったな」

「あれ……奥さんとは来てないんですね?」

「え、読んでるの!?」

 思わず胸を押えてしまう。

「すみません、見えてしまうもんで(^_^;)」

 ムニュムニュムニュ……糺の森や下賀茂神社、出町柳、双ヶ岡、百万遍、京都大学……近辺での思い出が雨後の筍のように首を出す。その都度、ビクニの顔もムニュムニュ蠢く。

「こ、ここは、小説とかアニメとかでもよく出てくるからねえ(;'∀')!」

 記憶をアニメに切り替えると、川の中の飛び石をアニメのキャラがピョンピョンと渡って行った。

 軽音部のキャラに変わりそうになって、ビクニが宣言する。

「さ、先にいきましょう!」

 宣言して顔をつるりと撫でると、元の静岡あやねに戻って先をいく。

 橋を戻って、今度はYの字の右上、リアルの地図で言えば出町橋を渡って糺の森の正面に出る。

 朱塗りの大鳥居があって、その向こうは下賀茂神社の参道と思いきや、森の中の一本道。

「冷やかしは終わったようだね」

「はい、いよいよ本編のようです。油断しないでいきましょう」

 糺の森は東京ドーム三つ分くらいだが、その十倍ほどの道を行くと、森の切れ間の向こう、木の間隠れに、また川が見えてきた。

 え…………?

 今度は、黄河か揚子江かというような巨大河川だった。

 


☆彡 主な登場人物 
  • 中村 一郎      71歳の老教師
  • 高御産巣日神      タカムスビノカミ いろいろやり残しのある神さま
  • 八百比丘尼      タカムスビノカミに身を寄せている半妖
  • 原田 光子       中村の教え子で、定年前の校長
  • 末吉 大輔       二代目学食のオヤジ
  • 静岡 あやね      なんとか仮進級した女生徒
 
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ここは世田谷豪徳寺(三訂版)第123話《尾てい骨骨折・3》

2024-03-28 06:32:06 | 小説7
ここ世田谷豪徳寺 (三訂版)

第123話《尾てい骨骨折・3》さくら 




 目が覚めると、世界はハッカの香りに満ち満ちていた。


 目が覚めきるにつれ、香りの元が自分の口だと分かって驚いた。さつきネエがニヤニヤしている。

「ちょっと、あたしに何かしたぁ?」

「え、覚えてないの?」

「なんのことよぉ?」

「さくら、寝言でのど飴くれって言ってたんだよ」

「え( ˙ㅿ˙ ) ?」

 さつきネエの話では、あたしは寝ながら口をパクパクやっていたらしい。で、最後にのど飴と言ったらしい……。


「あら、声もどったのね」


 今度はお母さんに言われた。

「え、そんなだったのあたし?」

「覚えてないの?」

「え、ああ、ううん……」

 いいかげんな返事をした。

 実のところ、昨日の秋分の日の記憶が飛んでいた。若年性健忘症……にしては、それ以前の記憶はしっかりしている。尾てい骨が痛いことや、そのために数学の先生に誤解されたこと。そいでひい祖母ちゃんが夢の中に……そうだ、ここから記憶があいまいだ。

 今日はレイア姫の勝負パンツを穿いている。

 と言っても放課後イカガワシイことをするためではない。今日は苦手な音楽の歌唱テスト。まあ、人並みに歌えればいいと思って、歌は教科書の『若者たち』と決めている。ただ江戸っ子の見栄っ張りで恥はかきたくない。当たり前程度には歌えて、尾てい骨に響きませんようにとの願いから。


 で、音楽のテストの時間になった。


「じゃ、次、佐倉さくらさん」

「はい」

 腹はくくっている。

「曲目は?」

「ゴンドラの唄……」

 と言って自分でも驚いた。どこへ行ったのだ『若者たち』は!?

「えらく、渋い曲ね、先生弾けるかなあ……」

 ほんの少し考えて音楽の美音先生が前奏を奏で始めた。


 いのち短し 恋せよ乙女 あかき唇 あせぬ間に 熱き血潮の 冷えぬ間に 明日の月日は ないものを♪
 
 いのち短し 恋せよ乙女 いざ手をとりて かの舟に いざ燃ゆる頬を 君が頬に ここには誰れも 来ぬものを♪♫

 いのち短し 恋せよ乙女 波にただよう 舟のよに 君が柔わ手を 我が肩に ここには人目も 無いものを♪♫♪

 いのち短し 恋せよ乙女 黒髪の色 褪せぬ間に 心のほのお 消えぬ間に 今日はふたたび 来ぬものを♪♫♪♫


 パチパチパチパチパチパチ!

 美音先生やみんながびっくりして拍手してくれる。一番びっくりしたのはあたしだった。

 こんな歌は聞いたこともないし、唄ったこともない。

「すごいいわよ、佐倉さん。ちょっと待っててね……」

 先生はデスクのパソコンを操作して森昌子さんの『ゴンドラの唄』を流した。

「すごい、先生、もう一度歌ってもらって録画していいですか?」

 マクサが言った。気が付いた、順番から言えば佐久間マクサの方が先なんだけど、あたしが先になったことに誰も不審に思っていない。マクサは、どうやら気づいているようで、あわよくば自分の番が回ってこないうちに時間を終わらせようという腹だ。

 いつもなら、こんなズルッコ許さないんだけど、あたしは自分でも歌いたい気持ちになっていた。

「すごいすごい! あたしのピアノもカンタービレになっちゃった!」と、先生。


 これが奇跡の始まりだった……。



☆彡 主な登場人物
  • 佐倉  さくら       帝都女学院高校1年生
  • 佐倉  さつき       さくらの姉
  • 佐倉  惣次郎       さくらの父
  • 佐倉  由紀子       さくらの母 ペンネーム釈迦堂一葉(しゃかどういちは)
  • 佐倉  惣一        さくらとさつきの兄 海上自衛隊員
  • 佐久間 まくさ       さくらのクラスメート
  • 山口  えりな       さくらのクラスメート バレー部のセッター
  • 米井  由美        さくらのクラスメート 委員長
  • 白石  優奈        帝都の同学年生 自分を八百比丘尼の生まれ変わりだと思っている
  • 原   鈴奈        帝都の二年生 おもいろタンポポのメンバー
  • 坂東 はるか        さくらの先輩女優
  • 氷室  聡子        さつきのバイト仲間の女子高生 サトちゃん
  • 秋元            さつきのバイト仲間
  • 四ノ宮 忠八        道路工事のガードマン
  • 四ノ宮 篤子        忠八の妹
  • 明菜            惣一の女友達
  • 香取            北町警察の巡査
  • クロウド          Claude Leotard  陸自隊員 
  • 孫大人(孫文章)      忠八の祖父の友人 孫家とは日清戦争の頃からの付き合い
  • 孫文桜           孫大人の孫娘、日ごろはサクラと呼ばれる
  • 周恩華           謎の留学生
 
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