ここは世田谷豪徳寺 (三訂版)
第101話《え ちょっとなに?》さくら
「え、ちょっとなに?」
いきなり米井由美に手をひっぱられて廊下に連れ出され、そう言うのが精いっぱいだった。
「さくらは、がさつで女らしくない!」と常々言われる。
流行りの若者言葉は嫌いだ。「暑!」「眠!」「寒!」「やば!」などの『いぬき言葉』なんかは使わない。
あ、世間で言う『いぬき言葉』は違う。
世間で言うのは「お世話になっています」を「お世話になってます」という感じに言葉の途中の「い」を省略する『いぬき言葉』。カジュアル過ぎて、接客とか目上の人相手には失礼なので使ってはいけないんだそうだ。
あたしがダメだと思うのは、言葉の最後に付ける「い」。文法用語では終助詞とかいうらしい。
あたしが気になる「いぬき言葉は」単に終助詞の省略じゃない。
「暑!」「眠!」「寒!」「やば!」と千切ったように、たいていの場合「!」のビックリマークの尻尾が付く。
単に「暑」「眠」「寒」「やば」と言えば、思わず出た呟きとか独り言。
人が反応して返事が返ってくることは無い。
これが「暑!」「眠!」「寒!」「やば!」とビックリマークが付いてしまうと、ちょっと卑しい。
暑いとか眠いとかの感想とか評価を言いながら、話し相手と関係を結ぶ直前で断ち切っている。最後まで言うと、相手は反応する。「暑い!」と言えば「そうだね」とか「そうでもないよ」とか「なんでぇ?」とかね。自分の感性とは違う反応が返ってきて傷ついたり、「でもさぁ」とか「だってぇ」を返して議論になったりする。だから「い」を抜いて独り言のようにしておく。これだと相手は反論しない。でも、そう感じたことは言っておきたい、目立っておきたい。でも、議論したり反論されたり傷ついたりしたくないという嫌な言い方。
「なんちゃって話法」も嫌い。どんなに真面目で真剣な言葉をかけても、最後に「なんちゃって」をかますと可愛い冗談になってしまう。あるいは、そこまで追い詰めてないとか真剣じゃないとかの逃げた表現で、無責任だ。
暑いとか眠いとかの感想とか評価を言いながら、話し相手と関係を結ぶ直前で断ち切っている。最後まで言うと、相手は反応する。「暑い!」と言えば「そうだね」とか「そうでもないよ」とか「なんでぇ?」とかね。自分の感性とは違う反応が返ってきて傷ついたり、「でもさぁ」とか「だってぇ」を返して議論になったりする。だから「い」を抜いて独り言のようにしておく。これだと相手は反論しない。でも、そう感じたことは言っておきたい、目立っておきたい。でも、議論したり反論されたり傷ついたりしたくないという嫌な言い方。
「なんちゃって話法」も嫌い。どんなに真面目で真剣な言葉をかけても、最後に「なんちゃって」をかますと可愛い冗談になってしまう。あるいは、そこまで追い詰めてないとか真剣じゃないとかの逃げた表現で、無責任だ。
言うだけ言って、相手が思ったような反応しなくって、場違いになって、それで、逃げるために「お後が宜しいようで~」と楽屋に引っ込んでしまうための言い訳。小説とかドラマとかで夢落ちってあるよね、どんなに真剣とか怖い話でも、最後に――夢でした――を付けてしまったら無害になるのに似ている。
とりあえず出た「え、ちょっとなに!?」では、可愛くもないし、楽屋にも戻れない。
……て、わたし、この状況の言い訳かましてる?
この米井由美の場合「ちょっと何よ!?」と「よ」あるいは、強調の助詞として「い」をつけ「ちょっとなにい!?」にしなければ言葉としては完成しないし、伝える意志も弱くなる。
いつもなら、いまさっき言ったみたいに、あたしは、言葉を尻尾の先まで言う。
でもね、完全にビビったわけでもないしゲシュタルト崩壊したわけでもない。
言わなかったのは相手の米井由美のことを、とっさに思ったからだ。
これは、一昨日渋谷のデパートで出くわしたことと関係ありそうに思ったから。
とりあえず出た「え、ちょっとなに!?」では、可愛くもないし、楽屋にも戻れない。
……て、わたし、この状況の言い訳かましてる?
この米井由美の場合「ちょっと何よ!?」と「よ」あるいは、強調の助詞として「い」をつけ「ちょっとなにい!?」にしなければ言葉としては完成しないし、伝える意志も弱くなる。
いつもなら、いまさっき言ったみたいに、あたしは、言葉を尻尾の先まで言う。
でもね、完全にビビったわけでもないしゲシュタルト崩壊したわけでもない。
言わなかったのは相手の米井由美のことを、とっさに思ったからだ。
これは、一昨日渋谷のデパートで出くわしたことと関係ありそうに思ったから。
あのとき米井由美は、あきらかに「このことは人に言わないで!」という顔をしていた。それ以外に、ほとんど口をきいたこともない学級委員長の米井さんとは接点がない。
予想は当たった。
「あなたでしょ、佐伯君とあたしのことメールで回してんの!?」
「佐伯君て、一昨日Tデパートで見かけた、あの……?」
「やっぱ、知ってんじゃない。あなたが面白がって、拡散させちゃったんじゃない!」
「ちょ、ちょっとこっち!」
教室の前じゃ、みんなに聞こえる。人通りが少ない北階段まで米井さんを引っ張って行った。
「どんな噂がたってるか知らないけど、あたしじゃないわよ」
「だって、こんな写真!」
米井さんは、スマホを出して、何枚かの写メを矢継ぎ早に見せた。Tデパートの中の二人の姿が何枚も写っていた。
「わたし、絶対に許さないから!」
そう言われながら、違和感があった。
予想は当たった。
「あなたでしょ、佐伯君とあたしのことメールで回してんの!?」
「佐伯君て、一昨日Tデパートで見かけた、あの……?」
「やっぱ、知ってんじゃない。あなたが面白がって、拡散させちゃったんじゃない!」
「ちょ、ちょっとこっち!」
教室の前じゃ、みんなに聞こえる。人通りが少ない北階段まで米井さんを引っ張って行った。
「どんな噂がたってるか知らないけど、あたしじゃないわよ」
「だって、こんな写真!」
米井さんは、スマホを出して、何枚かの写メを矢継ぎ早に見せた。Tデパートの中の二人の姿が何枚も写っていた。
「わたし、絶対に許さないから!」
そう言われながら、違和感があった。
あ、そうだ!
あたしは、ときどき反応がひどく鈍い。
一時間もしてから違和感の正体に気づいた。
米井さんに見せられた写メの一番最後のやつは、あたしとマクサが体半分切れて写っていた。あれって、あたしとマクサ以外の誰かが撮らなきゃ写せっこない。一瞬腰が浮きかけた。
言ってやろう!
でもやめた。
多分米井さんには通じない。「他にも、もう一人いて撮ったに決まってる!」になり、興奮した米井さんは、廊下で喋る余裕も無くて、その場で叫んでしまうだろう。
クラスのみんなが知ってしまう。それは避けなきゃ……。
一時間もしてから違和感の正体に気づいた。
米井さんに見せられた写メの一番最後のやつは、あたしとマクサが体半分切れて写っていた。あれって、あたしとマクサ以外の誰かが撮らなきゃ写せっこない。一瞬腰が浮きかけた。
言ってやろう!
でもやめた。
多分米井さんには通じない。「他にも、もう一人いて撮ったに決まってる!」になり、興奮した米井さんは、廊下で喋る余裕も無くて、その場で叫んでしまうだろう。
クラスのみんなが知ってしまう。それは避けなきゃ……。
☆彡 主な登場人物
- 佐倉 さくら 帝都女学院高校1年生
- 佐倉 さつき さくらの姉
- 佐倉 惣次郎 さくらの父
- 佐倉 由紀子 さくらの母 ペンネーム釈迦堂一葉(しゃかどういちは)
- 佐倉 惣一 さくらとさつきの兄 海上自衛隊員
- 佐久間 まくさ さくらのクラスメート
- 山口 えりな さくらのクラスメート バレー部のセッター
- 米井 由美 さくらのクラスメート 委員長
- 白石 優奈 帝都の同学年生 自分を八百比丘尼の生まれ変わりだと思っている
- 原 鈴奈 帝都の二年生 おもいろタンポポのメンバー
- 坂東 はるか さくらの先輩女優
- 氷室 聡子 さつきのバイト仲間の女子高生 サトちゃん
- 秋元 さつきのバイト仲間
- 四ノ宮 忠八 道路工事のガードマン
- 四ノ宮 篤子 忠八の妹
- 明菜 惣一の女友達
- 香取 北町警察の巡査
- クロウド Claude Leotard 陸自隊員
- 孫大人(孫文章) 忠八の祖父の友人 孫家とは日清戦争の頃からの付き合い
- 孫文桜 孫大人の孫娘、日ごろはサクラと呼ばれる
- 周恩華 謎の留学生