ここは世田谷豪徳寺 (三訂版)
第112話《水飲み機とついてくる足音!》さくら
誰も触らないのに水飲み機から放物線を描いて水が飛び出した!
まるで透明人間が水を飲んでいるように(;'∀')!
「東京大空襲で焼け死んだ人たちが、水を求めてやってくるのよ」
米井さんは、怖そうなことを天気予報の解説のようにお気楽に言う。
聞いた瞬間は「そうなんだ」だけど、数秒後に頭が理解して、俄然怖くなる。
これは、あたしたち女子高生が、いかに人の話をいい加減に聞いているかの現れ。
人が話したら、とりあず「はい」とか「そうなんだ」を息を吐くように無意識ってか、無神経に言う。
これは「まず、お返事しましょう」という保育所時代から仕込まれた動物的な条件反射。
そんで帝都で仕込まれた『明朗・闊達・品性』の指導の賜物。
「人の話には、まず明るく素早く返事をしましょう。明朗・闊達・品性をもって」
何かにつけて言われるので、帝都の子たちは明るく躾がいいと言われる。
でも、これも保育所以来の仕込みの積み重ね。返事のわりには理解していない。
聞いたことは、そのあと頭の中で取捨選択して、重要なものや、興味のあるもの、怖いものには、そのあと脳みそが判断する。
で、今の米井さんの話は、数秒かかって、脳みそが「怖い」と認識したわけ。
授業なんかだと「はい、分かりました」と無意味に返事して、スルーしたまま脳みそは反応しない。
「これは他の学校でもおこっているわ、空襲は二十三区全域がやられたから。大概は生徒が居なくなった深夜におこるの。うちに来る幽霊さんたちは優しいから、まだ日のあるうちにおこしになるの」
そんなの優しいって言わないよ!
「ボクもガードマンのバイトし始めたころに経験したよ。とある都立高校に深夜の巡回に回ったら、同じようにウオータークーラーから、水が飛び出して……」
「幽霊さんて、どんな人たちなの?」
えりなが、試合前に相手チームの情報を仕入れる感じで聞いた。
「老若男女いろいろ、主にこの地域の被災者の霊よ」
だろうね、東京大空襲じゃ十万近い人たちが犠牲になったからね。
「でもね」
普段から自分を八百比丘尼なんだとうそぶいてる白石優奈が前に出る。
「その犠牲者の人たちを案内してくるのは、うちの卒業生の霊なのよ」
「「「「「うちの生徒ぉ(;'∀')!?」」」」」
「名前も分かってる、主席で卒業式には総代で答辞を読むことになっていた水野美紀っていうひと」
水野美紀……みずのみき……水飲み機!?
「あ、やられたぁ(^_^;)」
「「分かったぁ(○`ω´○) ?」」
米井さんと白石優奈がドヤ顔で指をたてやがった!
そうか、このオチに持っていくために、ウォータークーラーとは言わずに水飲み機なんて言ってたんだ!
「こいつはタネがあるんだよ」
測量技師のオジサンが、マジシャンの種明かしのような口調で付け加えた。
「ウオータークーラーの水が腐らないように、タイマーが仕掛けられていてね、一日に一回タンクを空にするために、水が全部出るんだ」
「「「「「「な、なんだぁ」」」」」」
聞いてみると、どうってことない(^_^;)。
米井さんは知っていたようで、優奈といっしょにニンマリ笑っている。その傍で佐伯君もニコニコ。どうも三人にはめられたようだ。
「動画も撮ったし、これで七不思議の三つが取材できた!」
「そうだな」
アハハハと、楽しそうに笑う米井、佐伯兄妹と白石優奈であった。
あくる日は、担任の水野先生にも付き添ってもらって、日が沈んでからの取材だった。
「なんにも言わないで、グランドを一周走ってみそ」
米井さんは、とぼけた口調で言う。
また昨日の水飲み機のデンであろうと、あたしたちはタカをくくっていた。
もう8時を回っていて、運動部もいない。グラウンドが広く感じる。青山通りからは一筋隔てているだけなのに、車や街の喧騒はほとんど聞こえない。
佐伯君が高性能カメラを担いでスタンバイしている。なんだか、もうスタッフの一員だ。
わたしたちは、グラウンドシューズに履き替えて、グラウンドに並んだ。
今日は遅いのにも関わらずメンバーは10人に増えている。時間まで、あたしたちは東京の都市伝説なんかで盛り上がっていて、やる気は満々だった。
「時間だわ、ヨーイ……スタート!」
走り出して二三分で気が付いた。
あたしたちのすぐ後ろを、数十人の集団が走っている。今にも追いつかれそう。グラウンドは夜間照明が点いているとはいえ、周りは青山通り界隈のビル、怖さはひとしおだった。
みんな同じと見え、速度が上がっていく。
先頭はバレー部セッターの山口恵里奈。二番手は意外も茶道部の佐久間マクサ……なんのことはない、二人とも親友のあたしをほったらかしにして先を走っているだけ!
ザックザックザックザックザックザックザックザック…………
迫りくる何十という足音( ゚Д゚)!。
心臓が口から飛び出しそうになった!
☆彡 主な登場人物
- 佐倉 さくら 帝都女学院高校1年生
- 佐倉 さつき さくらの姉
- 佐倉 惣次郎 さくらの父
- 佐倉 由紀子 さくらの母 ペンネーム釈迦堂一葉(しゃかどういちは)
- 佐倉 惣一 さくらとさつきの兄 海上自衛隊員
- 佐久間 まくさ さくらのクラスメート
- 山口 えりな さくらのクラスメート バレー部のセッター
- 米井 由美 さくらのクラスメート 委員長
- 白石 優奈 帝都の同学年生 自分を八百比丘尼の生まれ変わりだと思っている
- 原 鈴奈 帝都の二年生 おもいろタンポポのメンバー
- 坂東 はるか さくらの先輩女優
- 氷室 聡子 さつきのバイト仲間の女子高生 サトちゃん
- 秋元 さつきのバイト仲間
- 四ノ宮 忠八 道路工事のガードマン
- 四ノ宮 篤子 忠八の妹
- 明菜 惣一の女友達
- 香取 北町警察の巡査
- クロウド Claude Leotard 陸自隊員
- 孫大人(孫文章) 忠八の祖父の友人 孫家とは日清戦争の頃からの付き合い
- 孫文桜 孫大人の孫娘、日ごろはサクラと呼ばれる
- 周恩華 謎の留学生