銀河太平記・209
「先生、空港のメディカルゲートで引っかかって……」
「検査の途中で抜け出してしまったんです。あ、こんなナリですが、公務ではないんです。任務中にミクに呼び出されて、軍服のまま飛び出してきたもんですから」
「じつは……」
空港からここまでの話をすると、オヤジさんは「そうですか」と腕組みしたまま立ち上がった。
「この界隈は訳ありのもんが多くて……」
そう言うと、オヤジさんは棚から博物館にでもありそうなごっつい台帳を取り出した。
バサリ
開くと、風が起こってお茶の湯気をたなびかせ、紙の匂いが立ち上がる。
なんだか、伝説の昭和を舞台にした古典映画の中に潜り込んだみたいだ。
「いっぱい書き込みがしてありますね……」
「アフターサービスというか……お世話させていただいたお客さんとは、その後も付き合っていただいてましてね。いろいろ書き込んでます。いやあ、まあ、はんぶん道楽です……ええと、やつのは……」
パサリ……パサリ……
二度ほどページをめくったところで手が停まる。
「ここです」
「「え?」」
戸惑った、指さされたそこは『姉崎』という苗字ではなかった。
そして、それは住居ではなくて、開発初期に造成された共同墓地の一画だ。
「これは……?」
「すこし長い話になりますがね……」
月に赴任してから扶桑本国では思いもつかない事例や事件にでくわした。日々起こる事件や病人怪我人、死者と向き合うことも度々だ。この四年で書いた死亡診断書や死体検案書は100枚近い。わたしもダッシュも少々のことでは驚かなくなっていた。
でも、姉崎先生のそれは経験も想像も超えていた。
二杯目のお茶を飲みほし、オヤジさんにお礼を言うと、駐車場に戻って高機動車で共同墓地を目指した。
☆彡この章の主な登場人物
- 大石 一 (おおいし いち) 扶桑月面軍三等軍曹、一をダッシュと呼ばれることが多い
- 穴山 彦 (あなやま ひこ) 扶桑幕府北町奉行所与力 扶桑政府老中穴山新右衛門の息子
- 緒方 未来(おがた みく) ピタゴラス診療所女医、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
- 平賀 照 (ひらが てる) 扶桑科学研究所博士、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
- 加藤 恵 天狗党のメンバー 緒方未来に擬態して、もとに戻らない
- 姉崎すみれ(あねざきすみれ) 扶桑第三高校の教師、四人の担任
- 扶桑 道隆 扶桑幕府将軍
- 本多 兵二(ほんだ へいじ) 将軍付小姓、彦と中学同窓
- 胡蝶 小姓頭
- 児玉元帥(児玉隆三) 地球に帰還してからは越萌マイ
- 孫 悟兵(孫大人) 児玉元帥の友人
- 森ノ宮茂仁親王 心子内親王はシゲさんと呼ぶ
- ヨイチ 児玉元帥の副官
- マーク ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス・越萌メイ バルス ミナホ ポチ)
- アルルカン 太陽系一の賞金首
- 氷室(氷室 睦仁) 西ノ島 氷室カンパニー社長(部下=シゲ、ハナ、ニッパチ、お岩、及川軍平)
- 村長(マヌエリト) 西ノ島 ナバホ村村長
- 主席(周 温雷) 西ノ島 フートンの代表者
- 及川 軍平 西之島市市長
- 須磨宮心子内親王(ココちゃん) 今上陛下の妹宮の娘
- 劉 宏 漢明国大統領 満漢戦争の英雄的指揮官 PI後 王春華のボディ
- 王 春華 漢明国大統領付き通訳兼秘書
- 胡 盛媛 中尉 胡盛徳大佐の養女
※ 事項
- 扶桑政府 火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる
- カサギ 扶桑の辺境にあるアルルカンのアジトの一つ
- グノーシス侵略 百年前に起こった正体不明の敵、グノーシスによる侵略
- 扶桑通信 修学旅行期間後、ヒコが始めたブログ通信
- 西ノ島 硫黄島近くの火山島 パルス鉱石の産地
- パルス鉱 23世紀の主要エネルギー源(パルス パルスラ パルスガ パルスギ)
- 氷室神社 シゲがカンパニーの南端に作った神社 御祭神=秋宮空子内親王
- ピタゴラス 月のピタゴラスクレーターにある扶桑幕府の領地 他にパスカル・プラトン・アルキメデス
- 奥の院 扶桑城啓林の奥にある祖廟