大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

勇者乙の天路歴程 005『静岡あやね』

2024-03-09 13:51:38 | 自己紹介
勇者路歴程

005『静岡あやね 』 




 先生! 中村先生!


 驚いて首をひねると、公園の生垣の向こう、こちらに走って来る女生徒。

「ああ、よかった、間に、間に合ったぁ!」

 公園に入って来ると膝に両手をついてゼーゼー肩を上下させる。

 ええと……あ、そうだ二年三組の静岡あやねだ。

「あはは、たいへんな勢いだねぇ」

「ちょっと失礼します」

 わたしの前を横切ったかと思うと水飲み場の水道に向かう。

 片手で髪を庇ってグビグビ……教室では目立たない大人しい子だったけど、こうやって喉をあらわにして水を飲む姿は相応に健康的で色っぽい。

「あ、すみません、お待たせしました」

 ハンカチで口を拭うと、こちらを向いて姿勢を正した。

「屋上でボンヤリしてたら先生が見えて、ご挨拶しとかなきゃって」

「ああ、そうか、それはそれは」

 こういう時は、きちんと正対してやらなければならない。黒カバンを置いて立ち上がる。

「わたし、ほとんど学校を辞めるところだったんですけど、先生のお蔭で三年生にもなれそうです。ほんとうにありがとうございました!」

 音がしそうな勢いで頭を下げる。

 こちらも、きちんと三十度の角度で頭を下げる。

「いや、ちがうよ。静岡自身が乗り越えたんだ、ぼくは、出来たとしたら、ちょっとだけ胸を叩いただけだ。自信を持っていいよ」

「ううん、先生のお蔭です。担任の先生もダメだって言って、それでも中村先生は家に来てくれました。『ほんのついで』とかおっしゃってましたけど、わたしの家は逆方向だから、わざわざ回り道してくださったんです。それを、最初は居留守を使って、それでも『また来ます、元気でね』ってメモ残してくださって、それで、なんとかお話しできるようになって、『人間、いつだって諦めることはできるから、いま諦めなくったっていいだろぉ』って言ってくださって、今川焼とかタイ焼きとかも買ってきてくださって。とても嬉しかったんです。今川焼は冷めてからチンしてもしっかり美味しいです。他の先生みたいにわざとらしくじゃなくって、ほんとうに自然で、それで、わたし仮進級だけど三年になれました!」

 ちょっと居心地が悪い。

 静岡の家庭訪問はほんとうについでだった。逆方向だけど大きなスーパーがあって、一人暮らしのまとめ買いにいいんだ。

 正職でもないし、非常勤講師に家庭訪問どころか生活指導上の義務もない。

 おそらく欠時数オーバーで留年確定して退学していく生徒だと思った。ご両親も諦めておられる様子で、ほっとけばいいんだけどね。

 でもね、何もしないで時間切れを待っていると、恨みを買うことがある。

 じっさい、留年して退学になって、娘がさらに落ち込んでしまうと――もう少し学校が親身になってくれていたら――とか親は思ってしまう。女子は男子に比べ退学をきっかけに自傷する確率も高いしね。

 だから、第一に矛先が学校に向かないよう、第二に退学まで付き添ってやることで持ち直す確率を少しでも上げてやるため。

 と、まあ四十余年で見についたルーチンというわけで、こんなに感動されては面映ゆいばかりで身の置き所に困る。

「先生は、うちの学校の出身なんですよね」

「え、あ、まあね」

「図書室の昔のアルバム見ました」

「え、見たのぉ!?」

 ちょっと恥ずかしい。

「ああ、先生のだけじゃないんです。校長先生も卒業生だし、調べたら五人も卒業生の先生がいてビックリです」

「あはは、ぼくはデモシカだけどね」

「そんなことないです。それにそれに、卒業生と結婚した先生も四人います」

「え、ああ……いるよね(^_^;)」

 四人とも事情は知っている。「おめでとう!」と拍手できるものから「どうしてそうなったぁ!」というものまであって、特段聞かれでもしない限り話題にすることは無い。

「若いころの先生、素敵でした。あ、あ、過去形じゃなくて(;'∀')」

「あはは、過去完了だよな」

「いえ、そんなことないです! いえ、ちがくて……あ、学校戻ります。あ、花とか渡すんですよね、こういう時って」

「いやいや、ぼくの退職は五年前に終わってるしね、今日は、ただ講師の契約が切れただけだから。生徒的に言えば、バイトの最終日だったというだけだから。こんなもんだよ」

 黒カバンを上げて見せた。

「前の時は軽トラックだったけど、運送屋に来てもらった」

「そうですよね。あ、あ、えと……じゃ、じゃあ、握手してください」

「ああ、いいよ」

 おずおず出した手をしっかり握手してやる。

「ありきたりだけど、しっかり頑張って、自信を持って三年生になりなさい。静岡あやねはもう大丈夫だから」

「はい、ありがとうございます。じゃ、学校に戻ります!」

 公園を出て建物で姿が見えなくなるまで見送る。相手が振り返っても見えるところまでは視線を外さない。

 さあ、お茶の残りを飲んで駅にいこうか。

 ベンチに座ることもなく、スポーツドリンクのCMのように一気飲み。

 グイ グイ グイ……

 飲み終わって、今どきの公園にゴミ箱があるはずもないのだが、グルッと見渡す。

「おつかれさまでしたぁ(^▽^)」

 再び古代衣装が元気な女神に戻ってベンチで手を振っていた。



☆彡 主な登場人物 
  • 中村 一郎      71歳の老教師
  • 高御産巣日神      タカムスビノカミ いろいろやり残しのある神さま
  • 原田 光子       中村の教え子で、定年前の校長
  • 末吉 大輔       二代目学食のオヤジ
  • 静岡 あやね      なんとか仮進級した女生徒

 
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銀河太平記・208『恩師の消息・1』

2024-03-09 10:06:13 | 小説4
・208

『恩師の消息・1』ミク 




 ゴールデン街は月面開発の初期にできたバラック街がもとになっているので、スリッパのあるメインストリート(と言っても道幅は車がやっと通れる程度)以外は狭いし込み入っているし、月に来て四年にしかならないわたしにはメインストリート以外はラビリンス同然。一緒に歩いている三等軍曹のダッシュも似たり寄ったり。

 まあ、それでも示してもらったあたりは記憶にあるので、なんとか……と思ったけど、甘かった(^_^;)
 
「ええ、ハンベじゃこの先も道のはずだぞ」

「マップなんて役に立たないわよ、かえって混乱するから見ない方がいいわよ」

 と言いながら、わたしも戸惑っている。

 周温雷のオッサンを案内してから間は無いんだけど、もう様子が変わっている。かつて路地だったところに大人のおもちゃの店ができてるし、荷物なのかゴミなのか分からないものが放置されていたのが半分片づけられていると思ったら、その後ろに路地が続いている。

「スリッパの子、ここを通って通ってるんだろ、よく通えるなあ……」

「住み着いちゃえば楽勝なんでしょ……まあ、だいたいの方向は教えてもらったから……あ、こっちだ」

「ほんとか?」

「たぶん(^_^;)」

 二度ほど迷いかけて、少し開けたところに出て、やっと目標の不動産屋が見えてくる。

「「おお……」」

 まるで時代劇のセットのような二階建てには『あけぼの不動産』の看板がかかって、店のガラス張りには、物件の写真や図面たちが呪物のように貼り付けられている。

「ごめんくださぁい……」

 ガラス戸を半分開くと店は無人なので、奥に向かって声をかける。

「はい、いらっしゃい」

 モグラを思わせる小柄なオジサンが出てきた。

「ああ、お客じゃないんですけど……」

 来意を伝えると、気分を害することもなく、パーテーションの奥の応接セットに「どうぞ」と進められる。

「ほう、あなたたちでしたか、姉崎さんの教え子さんというのは」

 あらかじめ女将さんが連絡してくれていたようで、すぐに用件に入ることができた。

「それで、先生は、こちらの方には?」

「うん、ええと……それで、あれの居所を知って、どうしようというんですか?」

 微妙に挑戦的になった言いように、わたしもダッシュも少し面食らった。

 

☆彡この章の主な登場人物
  • 大石 一 (おおいし いち)    扶桑月面軍三等軍曹、一をダッシュと呼ばれることが多い
  • 穴山 彦 (あなやま ひこ)    扶桑幕府北町奉行所与力 扶桑政府老中穴山新右衛門の息子
  • 緒方 未来(おがた みく)     ピタゴラス診療所女医、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
  • 平賀 照 (ひらが てる)     扶桑科学研究所博士、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
  • 加藤 恵              天狗党のメンバー  緒方未来に擬態して、もとに戻らない
  • 姉崎すみれ(あねざきすみれ)    扶桑第三高校の教師、四人の担任
  • 扶桑 道隆             扶桑幕府将軍
  • 本多 兵二(ほんだ へいじ)    将軍付小姓、彦と中学同窓
  • 胡蝶                小姓頭
  • 児玉元帥(児玉隆三)        地球に帰還してからは越萌マイ
  • 孫 悟兵(孫大人)         児玉元帥の友人         
  • 森ノ宮茂仁親王           心子内親王はシゲさんと呼ぶ
  • ヨイチ               児玉元帥の副官
  • マーク               ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス・越萌メイ バルス ミナホ ポチ)
  • アルルカン             太陽系一の賞金首
  • 氷室(氷室 睦仁)         西ノ島  氷室カンパニー社長(部下=シゲ、ハナ、ニッパチ、お岩、及川軍平)
  • 村長(マヌエリト)         西ノ島 ナバホ村村長
  • 主席(周 温雷)          西ノ島 フートンの代表者
  • 及川 軍平             西之島市市長
  • 須磨宮心子内親王(ココちゃん)   今上陛下の妹宮の娘
  • 劉 宏               漢明国大統領 満漢戦争の英雄的指揮官 PI後 王春華のボディ
  • 王 春華              漢明国大統領付き通訳兼秘書
  • 胡 盛媛 中尉           胡盛徳大佐の養女
 ※ 事項
  • 扶桑政府     火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる
  • カサギ      扶桑の辺境にあるアルルカンのアジトの一つ
  • グノーシス侵略  百年前に起こった正体不明の敵、グノーシスによる侵略
  • 扶桑通信     修学旅行期間後、ヒコが始めたブログ通信
  • 西ノ島      硫黄島近くの火山島 パルス鉱石の産地
  • パルス鉱     23世紀の主要エネルギー源(パルス パルスラ パルスガ パルスギ)
  • 氷室神社     シゲがカンパニーの南端に作った神社 御祭神=秋宮空子内親王
  • ピタゴラス    月のピタゴラスクレーターにある扶桑幕府の領地 他にパスカル・プラトン・アルキメデス
  • 奥の院      扶桑城啓林の奥にある祖廟
 

 

 


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ここは世田谷豪徳寺(三訂版)第104話《最初の発信者!?》

2024-03-09 06:55:17 | 小説7
ここ世田谷豪徳寺 (三訂版)

第104話《最初の発信者!?さくら 





「わたしじゃないわよ!」


 チェ-ンメールをよこしてきたA子に学校で聞いた、むろん米井さんには分からないように。

 で、A子から、チェーンメールを送ってきた子を聞いて、その子にあたる。そんなことを五回繰り返して、元々の発信者E子にたどり着いた。
 村野美穂という一年のときの同級生だ。三つ隣のクラスにいる美穂に問い詰めたとき、美穂は不思議そうな顔で言った。


「なに言ってんの。最初によこしたのさくらじゃんよ」

 絶句した。

「え……?」

「だって、ほらぁ」

「そんな馬鹿な……」

 村野美穂が見せてくれた着信履歴は、確かにあたしのアドレスだった。あたしは軽いパニックになった。

「そんな……あたし、こんなの送ってないし。それに自分が写りこんでる写メは、だれか他の人間が撮ったってことじゃんよ!」

「アドレスが盗まれた……考えられないことじゃないけど、なんの得にもなんないじゃん。やっぱ、さくらしかいないよ」

「あたし、こんなことしないもん!」

「そんな、あたしが悪者みたいに言わないでよね!」

 廊下の隅で言いあってたんだけど、ちょうど階段を上がってきた担任の水野亜紀先生に見つかって、相談室に連れていかれた。


「確かに妙ね……」


 一通りの話を聞いて、水野先生は腕を組んだ。

「誰かが、あたしのアドレス盗んだんです!」

「まあ、佐倉さん、落ち着いて……この写真おかしいのよ」

「「え、なにがですか?」」

 美穂と声が揃った。

「先生ね、学生時代にここでバイトしてたの。フロアもここ。このアングルから写真は撮れないのよ」

「でも、エスカレーターに乗れば、このアングルで……」

「この場所にエスカレーターはないわ。それに端の方にスプリンクラーがぼんやり写ってるけど、これって、天井にめり込まなきゃ撮れないわよ」

「そんな……」

「……ちょっと二人のスマホかしてくれる?」

 美穂といっしょにスマホを出すと、先生は自分のも出して、なにやら操作した。

「不思議だ……」

「「なにがですか?」」

「二人のスマホから、このチェ-ンメールをわたしのに送ろうとしてもできないの」

「そんな……!」

 チェ-ンメールってのは、一種のイタズラで、拡散はネズミ算式に増えていくものなのだ。それが一人にしか送れないのは、常識としてありえない。

「ん……こんなのが出てる」

 先生が画面を見せてくれた。

――このメールは、一回送ると無効。メールも写メも問題が解決したら消滅します――

 美穂のメールには、そう書いてあった。

――さくらさん。あなたがゴールです。あなたは転送しないし、転送できないようになってます――

 あたしのメールには、こう書いてあった。美穂もあたしも気が付かなかった。


 先生は他の四人も呼び出して、それぞれのスマホをチェックした。


 四人ともいっしょだった。


 そして、驚いたことには、美穂を含めた全員が、程度の差はあっても、あたしと米井さんの両方を知っていた。一年で、どちらかと一緒だったり、中学で知り合いだったり。

「これは、もう秘密にしない方がいいようね。あなたたちはしばらく、ここで待っていて……」

 そう言うと、水野先生は、五分ほど部屋を開けた。

 そして、米井さん本人を連れて戻ってきた……!


☆彡 主な登場人物
  • 佐倉  さくら       帝都女学院高校1年生
  • 佐倉  さつき       さくらの姉
  • 佐倉  惣次郎       さくらの父
  • 佐倉  由紀子       さくらの母 ペンネーム釈迦堂一葉(しゃかどういちは)
  • 佐倉  惣一        さくらとさつきの兄 海上自衛隊員
  • 佐久間 まくさ       さくらのクラスメート
  • 山口  えりな       さくらのクラスメート バレー部のセッター
  • 米井  由美        さくらのクラスメート 委員長
  • 白石  優奈        帝都の同学年生 自分を八百比丘尼の生まれ変わりだと思っている
  • 原   鈴奈        帝都の二年生 おもいろタンポポのメンバー
  • 坂東 はるか        さくらの先輩女優
  • 氷室  聡子        さつきのバイト仲間の女子高生 サトちゃん
  • 秋元            さつきのバイト仲間
  • 四ノ宮 忠八        道路工事のガードマン
  • 四ノ宮 篤子        忠八の妹
  • 明菜            惣一の女友達
  • 香取            北町警察の巡査
  • クロウド          Claude Leotard  陸自隊員 
  • 孫大人(孫文章)      忠八の祖父の友人 孫家とは日清戦争の頃からの付き合い
  • 孫文桜           孫大人の孫娘、日ごろはサクラと呼ばれる
  • 周恩華           謎の留学生
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