やくもあやかし物語 2
あ……
御息所が戸惑いの声をあげて視界が開けた。
いつもだったら『ええっ!?』とか『ギョエー!?』とか品のない声を上げる御息所なんだけど『あ……』と上品な声。
そう、今の御息所は交換手さんのスピーカーというかインタフェイスを兼ねているからね。今の上品な『あ……』は交換手さんの声なんだ。
わたしもデラシネも「え?」と思ったよ。
1941って番号を回したから、とうぜん1941年に飛んだんだと思ったよ。
着いたところは、なんか、大きな工場の廃墟だ。
昔は五階建てぐらいだったんだろうけど、所どころ床が抜けていて、最上階の屋根まで見通せる。壁もいたるところ抜けたり欠けたり、床はボロボロのコンクリートで、機械が据え付けてあったんだろう、土台が剥き出し。瓦礫やら草やらコケやらカビみたいなのも生えていて、ゾンビ映画とかのロケにはいいけど、思念だけとは言え地球の裏側からわざわざ見に来るものじゃないよ。
『す、すみません、なにか手違いのようです(;'∀')』
めずらしく交換手さんが狼狽えている。
「申しわけない、交換手」
声がして振り返ると、壁の崩れたところにミノムシみたいなのが立っている。
『あ、少彦名さん!』
ミノムシはすくなひこなというらしい。
『少彦名と言えば、大国主の国造りスタッフ。それがどうして? ちょっと体つきも大きすぎるし! あんた、ほんとうに少彦名!?』
御息所が自分の声で責め立てる。
「ああ、あんたは、ただのスピーカーじゃないみたいだなぁ」
『六条御息所よ、本来は東宮妃だからね、感謝しなさいよ』
『あとは、わたしがやりますから(^_^;)』
『そう、じゃあ、よろしくね。わたしはもう出てこないから!』
『はい、すみみません』
「説明してよ、わけ分からんからぁ!」
「まあまあ(^_^;)」
デラシネが切れかかって、なだめるわたし。
『少彦名さんは樺太神社の神さまだったんです。樺太神社はもうありませんけど、日本にはまだ樺太に住んでおられた方もいらっしゃいますし、訪れる日本の方々もいるので、現地の案内人として残っておられるんです』
「本来は親指ほどの背丈しかないんだけどな、樺太は草深い、見失われては困るんで、このサイズで出てくるんだ」
元のサイズだったら御息所とも仲良くなれたかもしれないかなぁ。
「で、ここはいったい何なの? こんなもの見せるために、ここまで連れてきたの!?」
「まあ、話を聞こうよデラシネ」
「すまんなあ、今のロシアは、ちょっとごたついていてなあ。いつものように昔へ飛ぶことができないんだ。あ、ここは真岡にあった製糸工場の跡でなぁ、コンタクトしやすいんで、こっちに来てもらったんだ」
『ええと、昔の真岡や樺太を偲ぶところはないんでしょうか?』
「希望通りのところは無理だろうが、あんたの頼みだ。ちょっと考えてみよう」
『すみません、お手数をかけます』
「なあに、わざわざヤマセンブルグから来たんだ、歓迎はするよ」
グゥ~~~~
「お、なんだ腹が減ってるのか?」
「あ、お昼食べる前にこっちにきたからかなぁ、思念体でもお腹が空くんだね(#^_^#)」
「そうか、二人とも思念体なんだ。それならもてなしようもあるというもんだ」
「え、なんか食べさせてくれるのかぁ!?」
「え、デラシネってリアルにご飯食べるの?」
いつもは食堂で食べるフリだけしている。
「うん、じつは、どっちでも……というか、思念体ならリアルには食べられないだろう?」
「まかせておけ、これでも元は樺太の一の宮、それくらいは造作もない。行くぞ!」
少彦名がクルっと回って風が起こったかと思うと、辺りが真っ白になったよ。
☆彡主な登場人物
- やくも 斎藤やくも ヤマセンブルグ王立民俗学校一年生
- ネル コーネリア・ナサニエル やくものルームメイト エルフ
- ヨリコ王女 ヤマセンブルグ王立民俗学学校総裁
- ソフィー ソフィア・ヒギンズ 魔法学講師
- メグ・キャリバーン 教頭先生
- カーナボン卿 校長先生
- 酒井 詩 コトハ 聴講生
- 同級生たち アーデルハイド メイソン・ヒル オリビア・トンプソン ロージー・エドワーズ
- 先生たち マッコイ(言語学) ソミア(変換魔法)
- あやかしたち デラシネ 六条御息所 ティターニア オーベロン 三方 少彦名