鳴かぬなら 信長転生記
――かまわぬ、講堂にお通ししなさい――
頭の緊箍児(きんこじ)がささやいた。
緊箍児は一言主(ひとことぬし)で、木偶の三蔵法師を操っている。その一言主が言うのだから、言うことに間違いはない。俺が孔明を出迎えて対応しているうちに講堂に向かったんだ。
「いやあ、さすがは自由都市豊盃。噂には聞いておりましたが、豊盃寺、なかなかの名刹ですなあ」
羽団扇を戦がせながら社交辞令を言う孔明。
「良き寺というのは、秩序を具現させております。塔は釈迦牟尼の墓を現し、金堂は、僧や衆生が拠り所とする本尊仏と脇侍を祀ります。人は目に見える形を通して物事を理解します。それゆえ3Dのフィギュアに過ぎぬ仏像に拝跪するのですが、その精神性は塔によって担保されます。それを回廊をもって取り巻き聖域となし、その回廊の結び目にあたるところに、修業・勉学の道場たる講堂を配置。回廊の外は俗世界。講堂は聖と俗を繋ぐ道場。その道場で三蔵法師猊下にお目にかかれるとは……この一事をもっても、猊下の御志がしのばれます。この秩序美と精神性は、必ずや日常に溶け込んで後世に受け継がれましょう。関羽将軍、張飛大将、この伽藍の中で、後世日常に溶け込むものは何か見当がつきますか?」
突然に振られて顔を赤くする関羽、不機嫌になる張飛。
「いつかはいずれかの国主になることもあるでしょう、耳障りかもしれませんが、聞いて損のない豆知識です」
「「はは」」
「講堂は学校における集会所兼体育館、いま我々が迎えられたのが玄関、食事処である食堂(じきどう)、トイレを表す東司、みな寺院の構えからきた言葉ですよ」
「「はは」」
「それに『寺』という言葉も、元々は役所の建物を表す言葉なのです」
「え、そうなのかい軍師?」
「そうなのですよ張飛大将、元々は仏教を広めるにあたり、質素を旨とする僧侶たちは、役所の中古物件を払い下げてもらって道場にしたのです」
「へえ、それにしちゃ、この豊盃寺は豪華すぎやしないか?」
「おい、失礼だぞ張飛」
「いえ、大将の疑問はもっともです。寺は元来は中古物件だったので、信者の方々が寄付や寄進をして立派なものにしていったんです。この豊盃寺は、そういう寺と檀信徒の方々との良い関係が現れているんですよ。そういう、檀信徒の提供者を旦那と言います」
「ああ、酒屋の使用人が亭主を呼ぶときの」
「そうです、使用人にとっては仕事と給金の提供者ですからね。それが、いつしか提供者のことをドナーと呼ぶようになりました」
「臓器提供者のこともドナーと申しますなあ」
「そうです関羽将軍。それほどに、仏教というものは身近なものになるのですよ。ゲームなどのアバターというのも仏教の言葉なのですが、その話はまたということにしましょう。いささか喧騒にすぎましたな、申しわけない、ニイ少佐、いや悟空殿」
「いえいえ、傍で伺っていても勉強になり申すウキ」
孔明は饒舌になることで自分の本性を隠そうとしている。サルも光秀もこのタイプだったが、孔明は、こういうことで力バカの関羽・張飛を教育し、かつマウントをとろうとしている。
それに、三蔵法師を手中に収めることで、軍師としての野心を成就させようとしているんだ。
天下三分の計
さて、時期を伺い、いずれは魏と呉を凌いで天下を取るための方便であるのか、はたまた、真に三国志の安定と平和を祈ってのことなのか。
俺の視点ははっきりしている。
扶桑の国にとって、三国志が脅威にならぬか見定め、脅威になるようなら、その芽を摘み取ること。
そうなんだが……どうやら、この状況を楽しんでいる自分が居る。
見極めが付いたら、扶桑に戻り信玄や謙信、学園の乙女生徒会長ともども策を練らねばならないが、このまま一人でやってのけるのも面白いと思う。
俺も根っこのところでは、妹の市を引き連れ、尾張の村々を駆けまわって、いつまでも遊んでいたいガキ大将なのかもしれん。
回廊を左に折れて、講堂の右手に出ると、講堂の扉の隙間から明かりが漏れている。
三蔵法師は、すでに準備万端のようだ。
☆彡 主な登場人物
- 織田 信長 本能寺の変で討ち取られて転生 ニイ(三国志での偽名)
- 熱田 敦子(熱田大神) あっちゃん 信長担当の尾張の神さま
- 織田 市 信長の妹 シイ(三国志での偽名)
- 平手 美姫 信長のクラス担任
- 武田 信玄 同級生
- 上杉 謙信 同級生 配下に上杉四天王(直江兼続・柿崎景家・宇佐美定満・甘粕景持 )
- 古田 織部 茶華道部の眼鏡っ子 越後屋(三国志での偽名)
- 宮本 武蔵 孤高の剣聖
- 二宮 忠八 市の友だち 紙飛行機の神さま
- 雑賀 孫一 クラスメート
- 松平 元康 クラスメート 後の徳川家康
- リュドミラ 旧ソ連の女狙撃手 リュドミラ・ミハイロヴナ・パヴリィチェンコ 劉度(三国志での偽名)
- 今川 義元 学院生徒会長
- 坂本 乙女 学園生徒会長
- 曹茶姫 魏の女将軍 部下(備忘録 検品長) 曹操・曹素の妹
- 諸葛茶孔明 漢の軍師兼丞相
- 大橋紅茶妃 呉の孫策妃 コウちゃん
- 孫権 呉王孫策の弟 大橋の義弟
- 天照大神 御山の御祭神 弟に素戔嗚 部下に思金神(オモイカネノカミ) 一言主