大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

銀河太平記・258『大統領のサンルーム』

2024-11-24 12:06:16 | 小説4
・258

『大統領のサンルーム』 胡盛媛中尉 




 モンゴルでの戦闘は無かったことに……なってしまった。

 でも、現実にはロシアとモンゴル双方に千を超える犠牲者、我が漢明軍にも40名の負傷者が出ているので、前哨戦の地名をとってノモンハン事変という呼称になった。

「つまり、あの馬乳酒の乾杯で、本当にチャラになったというわけですか?」

 お茶碗に手をかける前でよかった。お茶碗を手にしていたらひっくりかえしていた。もし、少しでもお茶を口に含んでいたら噴き出すか、盛大にむせかえっている。

「うん、ロシアもモンゴルもメンツが掛かってるし、うちも怪我人出しただけで済んでるしね。じっさい、ノモンハンでもロシアとモンゴルは戦ってるしね」

「はぁ」

「それに、あれを公的に戦闘にしてしまうと、准将は抜け駆けで処罰しなくちゃならない」

「あ……」

「朱元尚准将は、あくまでも、軍広報部長として取材中の事故で頭を打った。それで入院」

「はぁ」

「補任にあたっては、この大統領官邸に呼び出して、昔で言えば勅任官待遇で記念写真まで撮ったから、無下には扱えない」

「そうなんですか」

 実は、あの補任式も釈然としない。軍の中枢からは外したとはいえ、准将に昇格させて特別待遇の大統領とのツーショット。撮ったのはわたしだし。

「准将の一族はね、グノーシス戦争の英雄なのよ」

「ええ!?」

 グノーシス侵略。

 百年前、火星がようやく独立国家群として発展しようかという時に、突如襲った正体不明の侵略。マス漢、扶桑、連合国が中心になって乗り切ったぐらいしか知識は無いけど、マス漢の宗主国である漢明も、いろいろカンでいるんだ。

「マッパ病(マースパルスウィルス感染病、略してマッパウィルス病、もっと略してマッパ病)も収束の兆しを見せ始め、おそらくは、もう数週間で終息宣言が出されるわ」

「あ、それは良かったです(^▽^)」

 戦争も疫病も無いにこしたことは無い。起きてしまったのなら、最大の努力でさっさと終わらせるべきなんだ。

「終結したら、今のフーちゃんみたいに、火星の人たちは喜ぶでしょ」

「はい、いいことですよね!」

「そう、マス漢も官民こぞって喜んで、連日お祝いするでしょうね。でも、終わったばかりの災厄や戦争は総括に時間がかかる。でも、国家や民族でお祝いしたい気持ちは捨てがたい。そこで……フーちゃんが、マス漢の文化大臣とかだったらどうする?」

「あ……それ以前のマース戦争やグノーシス戦争の英雄を、マース戦争は扶桑や連合国に差しさわりがありますから、グノーシス侵略……あ、そうか!」

「マス漢でブームになったら、遅れて、漢明でも注目される」

 そうか、それでグノーシス戦争の英雄の子孫……朱元尚准将を粗略には扱えない。

「まだまだ、この劉宏の体制は盤石とは言えないからねぇ」

「どうされるんですか?」

「履歴に傷が付かないようにして退役させる。退役させれば、取りあえず軍部への影響力は抑えられるでしょう。そして、開発公司からもね……」

 ピピピ ピピピ ピピピ

 大統領のハンベが子どもの防犯ベルのようなアラーム音をさせる。

「はい、わたしだけど……」

「あ、外します」

 腰を浮かせると、大統領は右手で――そのままいてちょうだい――とサイン。

「あ、うん、分かったわ。牽牛が戻り次第連絡をちょうだい。うん、それまでは……うん、このサンルームでお茶してるから。現時点での情報だけ送ってちょうだい。はい、ご苦労さま」

 ハンベを切ると、鼻の付け根を指で挟んで揉んだ……PI以後ほとんどやらなくなっていた大統領の癖だ。

「火星連絡船の牽牛が遭難船とぶつかってねぇ、その遭難船の乗員を保護して戻って来るの」

「衝突ですか?」

「そう、いまどき珍しいんだけど、いきなりワープアライブしてきて制動が間に合わなかったらしいの」

「ワープアライブですか!?」

 実験的には可能だけども(パルスギとかを使えば)船体や人体に影響が出るので、まだ実用化はされていないはずだ。

「旧型の内火艇だし、オートの牽引ビームが効いて大惨事にはならなかったんだけどね……」

 そこまで言うと、大統領はズイっと身を乗り出してきた。

 なんだか、女子高の先輩が後輩に秘密の話をするみたいで、ドキドキする。

「それが、乗っていたのは……日本の皇族なのよ」

「日本の皇族!?」

 そう言われて思い浮かぶのは、わたしが来る前に島を出られた心子内親王殿下。

「森之宮茂仁殿下……まだ、わたしと牽牛の船長しか知らないんだけどね……」

 大統領は期末テストで欠点を三つ取った女子高生のような顔になった。

 

 
☆彡この章の主な登場人物
  • 大石 一 (おおいし いち)    扶桑月面軍三等軍曹、一をダッシュと呼ばれることが多い
  • 穴山 彦 (あなやま ひこ)    扶桑幕府北町奉行所与力 扶桑政府老中穴山新右衛門の息子
  • 緒方 未来(おがた みく)     ピタゴラス診療所女医、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
  • 平賀 照 (ひらが てる)     扶桑科学研究所博士、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
  • 加藤 恵             天狗党のメンバー  緒方未来に擬態して、もとに戻らない
  • 姉崎すみれ(あねざきすみれ)    扶桑第三高校の教師、四人の担任 じつは山野勘十郎 月で死亡
  • 扶桑 道隆              扶桑幕府将軍
  • 本多 兵二(ほんだ へいじ)     将軍付小姓、彦と中学同窓
  • 胡蝶                小姓頭
  • 児玉元帥(児玉隆三)          地球に帰還してからは越萌マイ
  • 孫 悟兵(孫大人)           児玉元帥の友人 乳母の老婆婆の小鈴に頭が上がらない JR東と西のオーナー 
  • テムジン              モンゴル草原の英雄、孫大人の古い友人      
  • 森ノ宮茂仁親王           心子内親王はシゲさんと呼ぶ
  • ヨイチ               児玉元帥の副官
  • マーク               ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス・越萌メイ バルス ミナホ ポチ)
  • アルルカン(メアリ・アン・アルルカン)   銀河系一の賞金首のパイレーツクィーン
  • 氷室(氷室 睦仁)          西ノ島  氷室カンパニー社長(部下=シゲ、ハナ、ニッパチ、お岩、及川軍平)
  • 村長(マヌエリト)          西ノ島 ナバホ村村長
  • 主席(周 温雷)           西ノ島 フートンの代表者
  • 及川 軍平             西之島市市長
  • 須磨宮心子内親王(ココちゃん)    今上陛下の妹宮の娘
  • 劉 宏               漢明国大統領 満漢戦争の英雄的指揮官 PI後 王春華のボディ
  • 王 春華              漢明国大統領付き通訳兼秘書 JR西のボディー 劉宏にPI
  • 胡 盛媛 中尉           胡盛徳大佐の養女
  • 朱 元尚 大佐           ホトケノザ採掘基地の責任者 胡盛徳大佐の部下だった
 ※ 重要事項
  • 扶桑政府     火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる
  • カサギ      扶桑の辺境にあるアルルカンのアジトの一つ
  • グノーシス侵略  百年前に起こった正体不明の敵、グノーシスによる侵略
  • 扶桑通信     修学旅行期間後、ヒコが始めたブログ通信
  • 西ノ島      硫黄島近くの火山島 パルス鉱石の産地
  • パルス鉱     23世紀の主要エネルギー源(パルス パルスラ パルスガ パルスギ)
  • 氷室神社     シゲがカンパニーの南端に作った神社 御祭神=秋宮空子内親王
  • ピタゴラス    月のピタゴラスクレーターにある扶桑幕府の領地 他にパスカル・プラトン・アルキメデス
  • 奥の院      扶桑城啓林の奥にある祖廟
 
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魔法少女なんかじゃねえぞ これでも悪魔だ 小悪魔だけどな(≧▢≦)!71『スパークと酔っ払い』

2024-11-24 07:30:53 | 不思議の国のアリス
魔法少女なんかじゃねえぞ  これでも悪魔だ  悪魔だけどな(≧▢≦)!
71『スパークと酔っ払い』 





――人生のやり残しをやっつけるて、楽しいことばっかじゃねえんだぞ――

 マユは、美優の体の中で呟いた……。

 むろん、マユの呟きが美優に届くわけもねえ。マユの意識はほとんど美優に入れ替わっちまって、見ていることしかできなくなっちまうからな。

 
 美優は、一つ手前の地下鉄の駅でタクシーを降りやがった。
 

 急な思いつきだ。タクシーの窓から見える懐かしい街並み。その中にAKRの看板がチラホラ見えてきた。AKRはそのシアターまで、街の要所要所に看板やポスターを貼っていやがる。

 その一枚は『最初の制服』という新曲のコスを着た選抜メンバーが、女子高の新入生みたいに写っていて。数年前の高校生のころの自分と重なった。いろんなことに憧れていたあのころの美優にな……。

――そうだ、高校生のときの気分で家に帰ろう――

 そう思い立ってタクシーを止めた。

 そして、たった一駅だけど、高校生のころ通学に使っていた地下鉄に乗ることにしやがった。

 美優は、その一駅の間に時間を巻き戻しやがる。

 ほう、このあたりじゃセレブな乃木坂学院高校に通ってやがったんだ。ダンス部に所属して、コンクールの前は遅くまで練習……なかなかのやつだったんだな。

 あのころは部員も10人そこそこで泣かず飛ばずだったけど、今じゃ文化部の花形だった演劇部を追い越し、都の大会でも三位につける好成績ぶりみてえだ。

 あのころは学校自慢のリハーサル室なんか使えなくて、練習場所の確保に四苦八苦してやがった……でも、持ち前のマネジメント能力の高さで、美優は、いつも十分じゃねえけど、必要なだけの練習場所は確保してきやがった。

――充実してたなあ、あのころ――

 地下鉄の揺れが、懐かしく思い出を呼び覚ましてくれやがる。なんだか、マユまで時めいてきちまうぜ。

 キシ キシキシ キシィ

 カーブに差しかかると、独特の軋み音とともに、パンタグラフと架線がスパークして、瞬間ストロボみてえ。

 美優は、そのストロボが好きで、このカーブに差しかかると、持っていた携帯や文庫から目を離し、窓の外のストロボに目をやったもんだ。

 たまに、このストロボは、思わぬアイデアや思い出を閃かせてくれやがった。ダンスの振りが今ひとつ決まらないときも、このストロボでアイデアが浮かんだこともあったんだ。

 キシ キシキシ キシィ
 
――そうだ、あの振り付けは、自分のアイデアじゃなかった……そのころ、近所のビルにHIKARIプロが引っ越してきた。引っ越し挨拶に、近所の店にシアターの招待券が配られたんだ――

 公開レッスンを見に行った。

 春まゆみという振り付けの先生が厳しく教えていた。メンバーの一人が、なかなか振りを覚えられずに、袖に駆け込んで泣き出した。レッスンは、そんなことで中断されることもなく続けられたけど、わたしは泣き出した子に興味があった。こんな局面は、自分のクラブでもよくある。スタッフが、どう対応しているかが気になった。

 ディレクターが相手をしていた。若いみたいだけど、どこかオジサン。

「さあ、ゆっくり深呼吸して……」

 過呼吸になったその子を優しくハグし、クシャクシャになった髪を撫でながら、あまやかすでもなく、叱るでもなく、落ち着かせていた。

 後で黒羽というディレクターだということが分かった。ローザンヌは、小売りだけではなく、プロダクションなどの卸の仲介もやっていて、そういう仕事で、ときどき黒羽が店に来ることもあったし、母のアシスタントで大量の見本を運ぶこともあって、黒羽とは、いつか挨拶するぐらいの仲にはなっていた。

――いい人だなあ――

 その程度の気持ちは持っていたけど、淡い憧れ。ご近所の知り合いの域を超えるようなことはなかった。

 HIKARIプロについては、そんな思い出だけだったんだけど、その時思いついた振りは、無意識に見ていた春まゆみの振り付けを真似していたことに気づいた。落ち込んだ後輩を慰めたり元気づけたりするときは黒羽さんの口調になっていた。

 ストロボの余韻に浸っているうちに駅についてしまった。

 わたしは、あのころのように軽々と階段を駆け上がって出口に出た。

 目の端に出口のところで座り込んでいる酔っぱらいが見えた。よく見かける光景なので、少し速足になってシカトする。


 え、まさか!?


 酔っぱらいは……たった今思い出していた黒羽ディレクターだった……。
 



☆彡 主な登場人物
  • マユ       人間界で補習中の小悪魔 聖城学院
  • 里依紗      マユの同級生
  • 沙耶       マユの同級生
  • 知井子      マユの同級生
  • 指原 るり子   マユの同級生 意地悪なタカビー
  • 雅部 利恵    落ちこぼれ天使 
  • デーモン     マユの先生
  • ルシファー    魔王、悪魔学校の校長 サタンと呼ばれることもある
  • レミ       エルフの王女
  • ミファ      レミの次の依頼人  他に、ジョルジュ(友だち)  ベア(飲み屋の女主人) サンチャゴ(老人の漁師)
  • アニマ      異世界の王子(アニマ・モラトミアム・フォン・ゲッチンゲン)
  • 白雪姫
  • 赤ずきん
  • ドロシー
  • 西の魔女     ニッシー(ドロシーはニシさんと呼ぶ)  
  • その他のファンタジーキャラ   狼男 赤ずきん 弱虫ライオン トト かかし ブリキマン ミナカタ
  • 黒羽 英二    HIKARIプロのプロデューサー
  • 美優       ローザンヌの娘
  • 光 ミツル    ヒカリプロのフィクサー
  • 浅野 拓美    オーディションの受験生
  • 大石 クララ   オーディションの受験生
  • 服部 八重    オーディションの受験生
  • 矢藤 絵萌    オーディションの受験生
  • 上杉       オモクロのプロディューサー
  • 片岡先生     マユたちの英語の先生  
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