巡(めぐり)・型落ち魔法少女の通学日記
「宝塚歌劇団の公演が観られたらよかったんですけどねえ……」
ゲートを入って間もなく大劇場の屋根を見つけたロコが不満を言う。
天下に名の轟いた宝塚歌劇団は遊園地に入らないとたどり着けない構造になっている。令和の時代は、遊園地が廃業になっていて遊園地があったことすら忘れられているんだけどね。
歌劇団も遊園地も阪急電鉄を作った小林一三さんが、宝塚温泉のお客さんを増やそうと総合開発したもの。それも本業の阪急電車のためで、沿線の総合開発コミコミで事業を立ち上げるという先見の明。
そう思うと意義深いんだけど、大阪のテーマパークはUSJとインプットされてる二十一世紀少女には、ちょっとショボい。
「まあ、童心に帰って遊ぶとするかぁ」
佳奈子がバスの中でもらったチケットをヒラヒラさせる。
このチケットでジェットコースターをはじめ五個のアトラクションに乗れる。
「ジェットコースターと観覧車は外せないねえ」
女バレで元気の余っている佳奈子はアグレッシブだ。
「じゃあ、スカイウェイってのに乗って全体を見るところからにしようか」
たみ子の意見で遊園地を斜めに通ってるロープウエーに乗る。
「ああ、どれもちょっと楽しむにはいいスケールですねえ」
「個人的には、ほら、あっちのヘルスセンターとか展望台で、ボーっとしていたいわねえ」
「ちょっと、なんか食べたいかなあ」
修学旅行も最終日、いつも一緒の五人も、微妙に意見が合わなくなる。
「じゃあ、時間決めて、観覧車の前で待ち合せない?」
わたしが提案して、みんなで眼下のアトラクションを見定める。
遊園地の真ん中を本物の阪急電車が走って、その横を遊園地を周回する豆電車。対比が面白い。
敷地はディズニーリゾートには及ばないけど、大正時代に作られて今に至っている思うとなかなかのもんだ。料金も普通に入って800円だとか、普通に一万円を超えようかという令和のディズニーを思うと、これでいいんだとも思ってしまう。
「ジェットコースターは……」
「あ、あそこだ」
「観覧車は……」
「え、あれ!?」
「ええ、変わってる!」
「二重反転観覧車ですよ!」
「スカイワープっていうらしい!」
観覧車と言えば自転車の車輪みたいなのを思っていたんだけど、ここのは、十字のアーム、十字の先には八つのゴンドラリングについていて、それもグルグル回って、本体の十字もグルグル回ってる。それほど大きなものじゃないけど、動きが面白い。いやいや、昭和の遊園地も侮りがたし!
「あ、国産初の旅客機、YS11が保存されてますぅ!」
「ロコはオタクだなあ」
「え?」
「あ、マ、マニア!」
ヤバイ、この時代にオタクは通じない(^_^;)。
「ね、あそこ歩いてるのタカラジェンヌじゃない!?」
たみ子が嬉々として指さした先には、グレーの制服制帽の、正しく言えば宝塚音楽学校の生徒さんたちが歩いている。
「姿勢いいわねえ!」
なんだか、背中に定規でも入ってるんじゃないかと思うくらいにシャキッとしてキビキビしてる。
「宝塚は別名宝塚士官学校っていうくらい、厳しいんですよ。学年の初めには自衛隊から教官が来て、行進の練習とかやるらしいですよ!」
「うう、憧れるわねえ(^▽^)」
たみ子は意外にヅカファンなんだ。
タカラジェンヌに見惚れてるうちに、ロープウェーはあっという間に終点。
たみ子は「せめて外観を!」と⇒大劇場、真知子は⇒人形館、ロコは⇒YS11、佳奈子は⇒冒険パノラマレールウェイ。と、バラバラに散っていった。
わたしは、昆虫館の横で変な虫みたくジッとしているあいつを見つけてオチョクリに行く。
「ねえ、なにタソガレてんのよ」
「え、あ、メグリか」
「あ、分かった。バスガイドさんも言ってたけど、万博観れなく残念なんでしょ。留年さえしてなかったらって」
ちょっとえぐるような言い方になったのは、修学旅行の持ってる異次元性なのかもしれない。でも、まあ、こいつは将来は徒(いたる)大叔母のダンナになってもらわなくちゃならないからね。
「あんなものに興味はない。ハンパクには行ったしな」
「ハンパク?」
「反戦のための万国博。万博と同じ時期に大阪城公園でやったんだ」
「あ、ああ……」
そう言えば、去年万博を見に行った時に、そんな話題が出たっけ。
「それより……」
「なに?」
「……なんでもない」
「そ……じゃ、わたしから聞いていい?」
「ああ、いいぞ」
「前から聞こうと思ってたんだけどぉ……」
「ん?」
「去年のぉ、合格者説明会の前後、よく宮之森の駅でいっしょになったじゃない」
「そ、そうか、よく覚えてねえけど」
「あの時、毎回改札の駅員に呼び止められて10円払ってたけど」
こいつには10円男という二つ名を進呈してる。付けた本人が言うのもなんだけど、その理由を聞いたことがない。
「ああ、あれはな……笑うなよ」
「あ、うん」
「夢にローザ・ルクセンブルグが現われてな『初志貫徹しなさい!』って言ったんだ」
「ロ、ローザ・ルクセンブルグがぁ?」
言いながらローザ・ルクセンブルグ分かってない。
「運賃値上げには反対だったからな」
「それで?」
「ああ、ローザは、銃のケツで殴り殺され川に放り込まれて半年も放置された、革命の殉教者なんだ」
「そ、そうなんだ」
「つまらん話だろ」
「ハハ、ちょっとむつかしいかなぁ。あ、でも、ありがとう、入学以来の謎が解けたよ」
「そ、そうか」
「…………」
「あ、さっきの『タソガレてる』は、いい表現だと思うぞ、言い得て妙だと思った!」
なんだか、思いきるようにして立ち上がる。
「あ、なんか乗りに行くの?」
「ああ、ジェットコースターでも……いっしょに行くか?」
「え、ああ……あとで真知子たちと乗る約束してるから」
「そ、そうか、じゃあな」
「う、うん、またね」
……メリーゴーランドぐらいなら付き合ったんだけどね。
それから、約束通りお仲間とジェットコースターと独特の観覧車に乗った。
それから、園内のヘルスセンターで8クラスそろって昼食をとって、修学旅行最後の目的地、大阪城に向かった。
☆彡 主な登場人物
- 時司 巡(ときつかさ めぐり) 高校2年生 友だちにはグッチと呼ばれる
- 時司 応(こたえ) 巡の祖母 定年退職後の再任用も終わった魔法少女 時々姉の選(すぐり)になる
- 滝川 志忠屋のマスター
- ペコさん 志忠屋のバイト
- 猫又たち アイ(MS銀行) マイ(つくも屋) ミー(寿書房)
- 宮田 博子(ロコ) 2年3組 クラスメート
- 辻本 たみ子 2年3組 副委員長
- 高峰 秀夫 2年3組 委員長
- 吉本 佳奈子 2年3組 保健委員 バレー部
- 横田 真知子 2年3組 リベラル系女子
- 加藤 高明(10円男) 留年してる同級生
- 安倍晴天 陰陽師、安倍晴明の50代目
- 藤田 勲 2年学年主任
- 先生たち 花園先生:3組担任 グラマー:妹尾 現国:杉野 若杉:生指部長 体育:伊藤 水泳:宇賀 音楽:峰岸 世界史:吉村先生 教頭先生 倉田(生徒会顧問) 藤野先生(大浜高校)
- 須之内直美 証明写真を撮ってもらった写真館のおねえさん。
- 御神楽采女 結婚式場の巫女 正体は須世理姫 キタマの面倒を見ている
- 早乙女のお婆ちゃん 三軒隣りのお婆ちゃん
- 時司 徒 (いたる) お祖母ちゃんの妹
- 妖・魔物 アキラ
- その他の生徒たち 滝沢(4組) 栗原(4組) 牧内千秋(演劇部 8組) 明智玉子(生徒会長)
- 灯台守の夫婦 平賀勲 平賀恵 二人とも直美の友人