巡(めぐり)・型落ち魔法少女の通学日記
あたりは百坪を超えるお屋敷が並んでいて、その割には道幅が狭い。
志賀直哉旧居は、そういうお屋敷の一つで、幼稚園ぐらいなら余裕で開けそうなくらいに広い。
「あ、今は大学の持ち物なんだね」
看板の横に〇〇大学のセミナーハウスと書いてある。
「学校の施設だと税金とか安くなりますからねえ」
「なるほどぉ」
順路は二階からで、二階には書斎と客室がある。
「ここで、かの文豪は『暗夜行路』を書いたんだねえ」
机を撫でながら真知子が感心する。
「真知子、詳しいんだね!」
佳奈子が感心すると「いやいや、当てずっぽう。志賀直哉って『暗夜行路』と『小僧の神さま』しか知らないしぃ(^_^;)」
「『小僧の神さま』は小学校で習ったよね、中身忘れたけど……ああ、春日大社の森とか若草山とか、よく見えるんだあ」
たみ子は窓からの景色に感動。
「こんなとこなら、勉強はかどるんでしょうねえ」
「あはは、あたしは五分で寝ちゃうねえ」
「あ、それもいいですねえ、リフレッシュして部活に打ち込めそうです」
「人間、やっぱり環境ですよね……」
「そうだねえ……」
ロコと佳奈子はタイプが違うけど、しみじみリラックスするポイントは同じみたい。あ、かくいうわたしも……というか、五人とも同じ。一年で同じクラスになったことが始まりなんだけど、いい仲間だよ。
一階に下りると、志賀直哉の自室、奥さんの部屋。子ども部屋は、なんと床がコルク張り!
「すごい、ここなら回転レシーブの練習でもできそう!」
「志賀直哉の子どもに生まれたかったです!」
「そうね、子供部屋の隣は志賀直哉の寝室だし、よくできたお父さんだったんだねえ」
「ねえ、台所すごいよ!」
「声、大きいよ!」
台所に感動したらたみ子に怒られる。
「ちゃんとガスだし」
「え、元々?」
「元々ですよ!」
「うちにガスが来たの幼稚園のころだよ」
「ああ、うちも」
「NHKで『水道完備ガス見込み』ってやってたじゃない。あれ見て、わが横田家のことだと思ったもん」
「うんうん、『バス通り裏』とかも親近感だった」
アハハハハ((´∀`*))
付き合いで笑っておくけど、そのドラマは知らないよぉ(^_^;)。
「あ、これ冷蔵庫ですよ!」
「あ、備え付けなんだ!」
壁に木製のハッチが付いていて、正直わたしは分からないんだけど、お仲間四人はソッコーで気が付いている。
「お祖母ちゃんちにあったけど、もっと小さい木の箱だった」
「一番上に氷を入れるんだよね」
「そうそう、氷屋さんが配達に来るんだ」
「大きなのこぎりでザクザク切ってくれるんだよね」
氷の配達……? ウウ、令和少女のわたしには想像つかない(^_^;)。
「ねえ、食堂もすごいですよぉ」
隣りは教室の2/3くらいの広さに、9人掛けのテーブルが据えてあって、壁沿いにも長椅子やら小テーブルやら。ちょっと模様替えをしたらキッチンと合わせてけっこうなレストランや喫茶店が開けそう。
「パフレットにも書いてあったけど、志賀直哉って人は人を集めて賑やかにやるのが好きだったのね」
「うん、いい意味でサロンだったんだね……こんなところでMITAKAやれたらいいわよねえ……」
パンフ見ながらため息つくMITAKAの創始者は、雰囲気的にはサロンのマダムの雰囲気。
「あっち、サンルームじゃない?」
「あ、ほんとだ」
佳奈子につられて移動すると、てっきりベランダかと思ったところは、大小の丸テーブルが置かれたサンルーム。
天井に大きな天窓、庭に面してはガラス張りの大窓なんで、ダイニングの方から見ると、ベランダに見える。広さはダイニングと合わせると教室の倍近いかもしれない。
「窓の外は芝生の庭ですよぉ」
「おお、余裕でバレーコートがとれる!」
「ね、あっちにはプールとかもあるみたい」
「「「「ほおおおおおお」」」」
間抜けな歓声をあげると、後ろで人の気配……というか、クスクス笑われてるし。
振り返ると、草色のカーディガンがよく似合うロン毛の美人さんが壁際のテーブルに着いていらっしゃる。
「あ、すみません、自分たちだけかと騒いでしまって」
真知子が代表して頭を下げると、美人さんはワイパーみたいに手をハタハタさせる。
「こちらこそ、不躾に笑ってしまって。あなたたち、修学旅行?」
「はい、湘南の方の、宮之森高校っていいます」
「そう、ゆかし気な名前ね。志賀直哉は好きなの?」
「「「「あ……」」」」
「学校で『小僧の神様』を習って『暗夜行路』はタイトルを知ってる程度ですぅ」
言い淀んでいると、ロコが正直、かつ簡潔に我々のレベルをばらしてしまう。
「そうよね、戦前の作家だし、それだけ知ってるだけで優秀よ」
「どーも……」
「あ、でも、この家は、みんな感心しました」
「品があって、そんなに奢った風もなくって」
「人を迎えて、人生を豊かに楽しもうって感じがとてもいいです」
「あてられちゃダメよ」
「え、そうなんですか?」
「戦争に負けた時、志賀直哉は『あんな戦争を始めたのは漢字や日本語を使ったせいだ』って言ったのよ」
え?
「不完全で不便で、そのために文化の進展が阻害されて、あんな戦争をやってしまった。これからはフランス語を公用語にすべきだって」
ええ!?
「太宰治とかは畏れ入ってたけど、そういう危ういオッチョコチョイな人」
アハハハ(^_^;)
「あら、つい余計なこと言っちゃったわね。まあ、ここの雰囲気が気に入ってくれたのなら嬉しいわ。この先、東の方に行くと新薬師寺とか柳生街道とか、よかったら……あら、こんな時間。じゃ、わたしはお先に」
心憎いほどの笑顔を残して草色カーディガンは行ってしまった。
さて、も少し時間があるから、美人さんの言っていた新薬師寺の方に足を延ばそうと外に出る。
歩いていると、ふと横っちょの家が気になって目を向ける。
え?
屋根の上にさっきの美人さん!
つるりと手で顔を撫でると安倍晴天……またやられた(-_-;)。
新薬師寺は、薬師寺のイメージが頭にあったんで、拍子抜けがするくらい小さなお寺。
「ウウ、志賀直哉の家より狭いかも」
さっきは歓声あげた佳奈子も、ちょっと萎れている。
建物もお寺というよりは、天平時代の倉庫というような感じ。石の壇の上に体育館のステージにソックリおさまってしまいそうな小さい本堂。
お寺の本堂にはたいていある縁側が無いし、観音開きの扉が三つあるんだけど窓が一つも無くて、まるで倉庫。
せっかくなので中に入ると、大仏をそのまま縮小したようなご本尊の周囲を十二体の十二神将という、ちょっとおっかないナンチャラ大将という像が取り巻いている。
「あ、思い出しました」
ロコが閃いた。
「お寺の寺っというのは、元々は『役所の建物』っていう意味なんですよ」
「建物?」
「はい、中国に仏教が伝わったころ、いきなりは立派なものを建ててもらえなくて、古い役所の建物を流用したんですよ。それで、いつの間にか『寺』っていうのが、いわゆるお寺になったんです! だから、唐招提寺とかは、その役所の建物だった名残りが残ってるっていいます」
「あ、なるほどぉ、じゃあここも?」
あらためてパンフを読むと、元は400メートル四方もあるような立派なお寺で、ちゃんとした金堂とかがあったらしいけども、戦乱とかで焼けたり縮小したりで今の大きさ。金堂も焼け残った建物らしくて、ザックリ言うとロコの説明通り。
金堂を出たところの茶店でお抹茶をいただいて、三日目の締めにした。
その夜、夢に十二神将の宮毘羅(くびら)大将が出てきた。
新薬師寺は草色カーディガン(おそらく安倍晴天)に勧められて 見に行って、疲れていたこともあってよく覚えてないんだけどもね。やっぱ晴天のオッサンにおちょくられているのかもしれない。
☆彡 主な登場人物
- 時司 巡(ときつかさ めぐり) 高校2年生 友だちにはグッチと呼ばれる
- 時司 応(こたえ) 巡の祖母 定年退職後の再任用も終わった魔法少女 時々姉の選(すぐり)になる
- 滝川 志忠屋のマスター
- ペコさん 志忠屋のバイト
- 猫又たち アイ(MS銀行) マイ(つくも屋) ミー(寿書房)
- 宮田 博子(ロコ) 2年3組 クラスメート
- 辻本 たみ子 2年3組 副委員長
- 高峰 秀夫 2年3組 委員長
- 吉本 佳奈子 2年3組 保健委員 バレー部
- 横田 真知子 2年3組 リベラル系女子
- 加藤 高明(10円男) 留年してる同級生
- 安倍晴天 陰陽師、安倍晴明の50代目
- 藤田 勲 2年学年主任
- 先生たち 花園先生:3組担任 グラマー:妹尾 現国:杉野 若杉:生指部長 体育:伊藤 水泳:宇賀 音楽:峰岸 世界史:吉村先生 教頭先生 倉田(生徒会顧問) 藤野先生(大浜高校)
- 須之内直美 証明写真を撮ってもらった写真館のおねえさん。
- 御神楽采女 結婚式場の巫女 正体は須世理姫 キタマの面倒を見ている
- 早乙女のお婆ちゃん 三軒隣りのお婆ちゃん
- 時司 徒 (いたる) お祖母ちゃんの妹
- 妖・魔物 アキラ
- その他の生徒たち 滝沢(4組) 栗原(4組) 牧内千秋(演劇部 8組) 明智玉子(生徒会長)
- 灯台守の夫婦 平賀勲 平賀恵 二人とも直美の友人